グライダーパイロット免許取得ツアー in ハワイ |
その2 |
〜ソロフライトから免許取得まで〜 |
吉田大作(養護学校教諭) |
前回、44号のニュースレターでは、自分の生い立ちや障害について、そして、グライダーのことやグライダーパイロットの訓練などについてお話させていただいたかと思います。今回は、グライダーパイロットの免許取得に向けた、訓練後半の出来事などについてお話させていただきたいと思います。 さて、前回同様、今回の訓練の舞台もハワイ、オアフ島の北部「ディングハム飛行場」です。今回は7月31日から8月7日の1週間の休暇を利用して訓練に行ってきました。前回、訓練を受けたのが冬休みでしたので、約8ヶ月のブランクがどのように自分の操縦に影響するのか心配でしたが、ハワイへついた初日、7月31日のフライトで、教官から「本当によく覚えていましたね。」(本当によく操縦を覚えていたという意味)とお褒めの言葉をいただき一安心。初日は時差ぼけなどで眠いので、のんびりフライトを楽しんで訓練を終了しました。その後、今回の訓練のスケジュールなどについて教官と相談し、8月5日に試験を受けることが決まり一気に緊張感が高まりました。 グライダーの免許を取得するには、アメリカの場合「学科試験」「口述試験」「実技試験」の三つの合格が必要です。(ちなみに日本では、「航空身体検査」の合格、「無線免許」なども必要になってきます。)まず、「学科試験」ですが、これは、コンピュータで受験する選択問題の試験で、60問の問題(もちろん英語)が出題され、70%以上の正答率があれば合格です。(これは、前回、冬休みの訓練で合格済みでした。)そして、今回受験するのが「口述試験」と「実技試験」です。「口述試験」は試験官から英語でグライダーのことだけではなく、気象学や航空力学、空港でのルールなど、幅広い内容の問題が出題されます。それに英語で答えていきますが、かなり難しいです。「実技試験」は実際にグライダーを飛行させ、試験官から出された課題(ゆっくり飛びなさい…などなど)を行っていく試験ですが、空を飛んでいる間だけでなく、空を飛ぶ前の離陸前確認(テイクオフチェック)から着陸して停止するまでが「実技試験」です。また、空をフライト中には異常姿勢からの回復なども試験で行います。みなさんは、「失速」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?簡単に言うと飛行機が飛ぶ力を失って落ちていく状態です。グライダーの「実技試験」では、わざと失速させて、そこから通常の飛行に回復させるというのも課題の一つとして行われます。また、自分の乗ったグライダーは、飛行機にロープで引っ張ってもらい離陸しますが、「実技試験」には、離陸中、ロープが切れた場合の対処なども試験課題として含まれています。試験について、いろいろ話を始めるときりが無くなってしまうので、試験内容についての話はこのくらいにしておこうと思いますが、とにかく、グライダーの免許を取得するためには、勉強しなければならないことが山のようにあるのです。 2日目からは、本格的に訓練がスタートし、早朝から何回も何回も飛びました。しかし、試験に向けてのいろいろな課題がそうそう簡単にクリヤーできるわけではなく、特に「実技試験」で絶対必要な着陸という課題が本当に難しく、苦労しました。「ディリングハム飛行場」は常に横風が吹いており、着陸時、横風を計算に入れグライダーをコントロールしないと、風に流されて、滑走路のセンターラインからすぐにずれてしまいます。また、接地寸前、急に横風に流されることもありました。ともかく、着陸は難しい…何度も何度も教官に「もう1回やるよ。」と言われ何回飛んだかわからなくなるくらい飛びました。なんでこんなに着陸がうまくならないのか…もしかして、右目が義眼で片目しか見えないことが影響しているのか?などと考えたりもしましたが、教官は「それは関係ない。」ときっぱり言ってくれました。また、「両目が見える人でも同じように苦労する。」とも教えてくれました。とても励みになる言葉でした。この教官と出会えたことも何かの縁なのか、と本当に感謝の気持ちでいっぱいになりました。 また、飛行場ではいろいろなパイロットと出会います。ついこないだまでエアラインのパイロットをしていた人や、現役のレスキューパイロット、いろいろな人と話す機会があり、そのたびに自分は、自分の片目が見えないことを話してきました。すると、ほとんどの人から「その状況じゃグライダーを飛ばすのは難しいのではないか?」などと言われ、日本人でもアメリカ人でも同じことを思うし言うのだと、少し悲しい瞬間が何度もありました。でも、そんなとき、自分の教官は「I don’t think so.」(私はそうは思わないよ。)と必ず言ってくれました。これは、自分にとって本当にうれしいことでした。教官も初めて自分に出会い、訓練を初めたときには、片目の人間がグライダーを飛ばすことが本当にできるのか、半信半疑だったのかもしれません。しかし、実際に自分の操縦を指導する中で、片目が見えないということは関係ないと確信してもらえたのでしょう。(自分はそんな気がしています。)それゆえ、教官は自信を持って「I don’t think so.」ときっぱり言ってくれたのでしょう。 そのようなこともありながら、毎日の訓練をこなし、あっという間に試験の日がやってきました。試験は朝7時スタート、まずは「口述試験」からです。「口述試験」はグライダーの格納庫の中で行われました。半分、外のような場所です。試験中にいろいろな人が話し掛けてくるなど、かた苦しい感じの試験ではないのですが、自分はかなりひやひやしながら教官の質問に答えていきました。しかし、「口述試験」対策で勉強していた所とはまったく違う、予想していなかった質問を次から次へと受け、かなり苦戦しました。どうなることやら…と思いつつ試験を受けていきましたが、なんとか合格。約1時間半の試験でした。さて、その後はいよいよ「実技試験」です。「実技試験」では「3回フライトすると」試験官から伝えられましたが、どのような内容の試験をするのかまでは、教えてくれません。試験なので当然ですが。1回目のフライトは、高度100フィート(約30m)でのロープ切れでした。ある程度、このような状況も予想していたので、まあまあ落ち着いて安全にグライダーを着陸させることができました。2回目のフライトは何事もなく3000フィートまで上昇し、いろいろな課題をこなしていきました。落ち着いて課題をこなし、いざ、着陸へ…これも、なんとか無事にこなすことができ一安心。3回目のフライトでは、スポットランディングと言う、自分が決めた場所に着陸、停止するという課題で、今まで、あんまり上手にできたことがなかったので、どきどきしながら着陸へ…これも、なんと見事にねらった所に着陸、停止させることができ、この直後、試験官から「おめでとう!」と言われ、無事に試験に合格!!!試験がすべて終了したのは11時頃だったでしょうか。緊張から開放されたことと、免許を取得できたことの喜びで、何とも表現しがたい最高の気分でした。 また、合格するとすぐに仮の免許証のようなものがアメリカのパイロット試験では発行されます。自分は、それを受け取ると、すぐに、一人のグライダーパイロットとしてフライトに出掛けました。試験や訓練という目的ではなく、自分の好きなように飛べるということは、とても楽しいものです。8月5日は自分にとって記念すべき日となりました!そして、次の日も、飛びたくてたまらない自分は、朝から飛行場に出掛けてフライトを楽しみました。エンジンの無いグライダーの魅力は、やはり、上昇気流を見つけそれにのって上昇して何時間もフライトをすることでしょうか。この日は、1000フィートまで飛行機に引っ張ってもらい飛行機とのロープを切り離し飛行、最高で4500フィート(約1350m)まで上昇することができました。本当はもっと上昇できたのですが雲があり、雲の中に入ると視界を失って危険なので、そこで、上昇を止めました。自分の気持ちとしてはもっと上昇したかったのですが、安全第一なので、仕方ないですね。でも、4500フィートからの景色は最高でした。美しい海と山、あっという間に2時間が過ぎていました。次回は、もっと高高度を飛んでみたいですね! 帰国後、2週間くらいすると、アメリカから日本の自宅へパイロットの免許証が送られてきました。クレジットカードサイズの免許証です。これで、一人前のパイロット!と感じながらも、日本の空は飛べないんだよな〜と複雑な心境。アメリカのパイロットライセンスは、日本のライセンスに条件さえ満たせば書き換えることができます。しかし、自分は日本の「航空身体検査」という壁を乗り越えることができず、未だに日本の空を飛ぶことは許されません。どうしたら、日本の制度を変えることができるのか?最近はそのようなことばかり考えており、政府機関やグライダー関係機関などにメールを送って制度の改善などのお願いなどをしています。でも、決まって帰ってくる返事は同じ。「関係機関に伝えます。」「検討します。」そればかりです。 アメリカという国は、格差や医療問題やいろいろな問題のある国ですが、今回の自分の経験から言えることは、「その人の能力を見て判断してくれる。」アメリカはそんな国だと思います。逆に日本は、「法律などの枠からはみでる者は切り捨てる。」そんな国だと自分は感じています。どちらが良いとか悪いとか、そのようなことを言いたいのではありません。ただ、日本という国は、いろいろな人のいろいろな可能性をもっともっと大切にしてほしい!日本の発展のためにも、いろいろな制度を考え直すことが、今、とても大切なのではないでしょうか。そのように自分は強く感じています。 では、そのために自分に何ができるのか…残念ながら、その答えはわかりません。でも、自分がアメリカでグライダーの免許を取得し、安全にフライトをしているという事実は、その第一歩であるかと思います。日本の航空関係の制度は、アメリカの制度を元に作られていると聞いたことがあります。そして、アメリカが制度の見直しを行うと、日本も何年か遅れて制度の見直しを行うそうです。ということは、アメリカのように、障害者でもパイロットになれるチャンスが日本にもいずれ、訪れると考えることができるでしょう。でも、それは何十年後のことかわかりません。もっと、早く!!!もっともっと、早くと願うばかりです。 自分自身は、今後もアメリカでフライトを続け、その実績を残し、それが日本へ伝わり、現行の「航空身体検査」マニュアルの見直しが早急に行われることを願ってやみません。 そして最後に、ハワイへ旅行される際は、ぜひ、グライダーに乗ってみてください!素敵な空が待っていますよ!!! |
------- 初出 「障害者欠格条項をなくす会ニュースレター」46号 2009年11月発行 |
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