エッセイ どんなふうにやってきたの−合理的配慮をもとめる現場から


その8
身体障害者を対象とした秋田県職員採用試験の欠格条項問題(平成13年)
照井貴久(てるい・たかひさ)
「私の夢は秋田県庁の障害福祉課に所属し、秋田県を聴覚障害者にとって過ごしやすい街に、バリアフリーを目指すことです。また今年も公務員試験を受けますがまた、会議や電話が出来ない理由で不合格になって欲しくないものです。また聴覚障害者の人達が公務員になりたいという希望を夢で終わらせたくないものです。秋田県の公務員採用試験が受けられる年齢は29歳迄です。私の年齢は27歳なので2回しかチャンスがないです。何とか(壁になっている受験資格を)廃止して欲しいものです。」
 平成14(2002)年5月12日

 これは、当時私が秋田県会議員の小田美恵子さん宛に出した手紙の一節である。
 早いものであれから9年経つが全国の自治体では聴覚障害者に対する試験の配慮が少しでも改善されただろうか。地元の県聴力障害者協会と必死になって相談したことが昨日のことのように思い出される。試験を受ける前に手話通訳者と一緒に県人事課へ伺い、「聴覚障害者の受験生は最前席を用意し、筆談で配慮します。」と言われ、一安心したものだがそれは1次試験に対する配慮だったのだ。
 問題は2次試験の個人面接である。障害者であることを前提した試験だから大丈夫だろうと思ったが油断してしまい、要約筆記OKの事前連絡のないまま面接当日を迎えた。おかしいことに面接官から受験生の距離が約3メートルの離れた状態で面接が行われたのだ。離れれば離れるほど聴こえにくくなるのが当然なのに重度聴覚障害者は不利である。前回受けた受験生はどれだけ悔しい思いをしたことだろう。幸い私の場合、FM補聴器を面接官に付けてもらい、声ははっきり聞き取れたが面接の質問内容が気になった。「FMマイクがないと全く聞こえないのか?」「もし、あなたが受付の窓口で座っていた場合、お客様の声が聞き取れなかったらどうしますか?」そのことを同協会へ伝えたらその意味は「車イスの障害者に自力で階段の上り降りが出来るか」と同じ質問だと分かった。
 結局、同協会から活字印刷文による出題及び口頭による試験(個別面接)に対応できる者の削除等の改善の要望書(前回にも問い合わせをしたが回答なし)を出したところ、「県民との面談や電話への応対、会議等口頭によるコミュニケーションが必要になる場面が必然的に想定される」との一点張りだった。要するに聞こえないので県の職員は向かない、採用方法を変えるつもりは全くないと言っているのである。なかなか改めない為、新聞のマスコミや国会議員や県会議員の先生のところへ通すと嘘のように態度が軟化し、前向きに検討して最後は秋田県議会で一般質問まで取り上げられた。
 ここまで来るのにかなりのエネルギーを使い、大変勇気がいることだった。果たして自分は悪いことをしているのだろうかと逆にナーバスになったり、他の障害者から思い込みではないかと批判されたりもした。残念ながら私は採用試験に合格することは出来なかったが年齢条件を満たせばまたチャレンジしたいと思う(私の年齢は虎年生まれの36歳です)。もし、自分が問題提起しなかったらどうなっただろうか。この問題は一過性で終わらず、後から続く公務員を目指して頑張る聴覚障害者の為に永遠に伝えていかなければならないと思う。聞こえない者は最初から能力が無い訳ではない。周りの配慮や会議には手話通訳や要約筆記のサポート、電話の代わりにメールやFAXがあれば普通の人と同等に働けることを確信している。障害者欠格条項をなくす会、議員の先生方、県聴力障害者協会、県視覚障害者協会、県自治労本部、全難聴青年部等のかたがたに、心から感謝と御礼を申し上げたい。

参考資料1

1.何が問題だったのか?

  • 秋田県が身体障害者を対象とした県職員を採用する試験(身体障害者を対象とした秋田県職員採用初級試験)が平成10(1998)年から行われていた。
  • 受験範囲を手帳1級から6級までの身体障害者を対象としておりながら、受験資格に「活字文による筆記試験」「口頭による面接」に対応出来る者という者であった。
  • 平成13(2001)年に受験した聴覚障害者は一次試験(筆記試験)に合格するが二次試験(面接試験)で不合格になった。
  • その聴覚障害者は二次試験では難聴者という事で「要約筆記」を付けることを申し出たが事前連絡もなく、それが付けられないまま試験が行われた。
  • 当会は平成10(2008)年の試験開始以来から県人事委員会に、「活字文による筆記試験」や「口頭による面接」の方法に対して、不公平な試験と指摘してきたが県は「検討課題」というようにその場しのぎで何の改善も打ち出していなかった経緯があった。
  • 全日本ろうあ連盟が「障害者を差別する法令改正運動」を展開している時であり、本県の欠格条項は自分達で運動して改正していかなければならないという意識が芽生えた。
2.どんな運動をしたのか?

  • 平成13(2001)年12月に県聴力障害者協会理事会でこの問題を取り上げ、県人事委員会に質問状を出して見解を求めた。
  • 同12月20日の県人事委員会から回答では障害者のハンディを考慮するどころか、「職務遂行能力を見極めるための試験」という要素の強いものであった。つまり電話やコミュニケーションが不自由な聴覚障害者は、県職員にふさわしくないという回答に読み取れた。
  • これに対して、当会三役が県人事委員会に出向き、口頭で反論と要望書を提出したが明確な意見交換はされず「検討したい」にとどまった。
  • 全国聴覚障害者公務員交流会にこの問題を報告し、聴覚障害者公務員の実態などの資料を求めた。
  • 「障害者欠格条項をなくす会」より、大阪府、大阪市の障害者職員採用のデータや聴覚障害者が公務員試験に合格したという情報提供があった。
  • 日本聴力障害新聞(以下 日聴紙)にもこの問題を取り上げてもらい、編集部からも県人事委員会に事実内容の問い合わせ等の働きがあった。
  • 平成14(2002)年の2月の第154回衆議院内閣委員会で民主党の石毛えい子議員が秋田県の身体障害者採用試験問題について取り上げる。
  • 同3月の全日ろう連理事会にこの問題を報告し、支援を依頼する。
  • 同3月、日聴紙にこの問題が取り上げられる。朝日新聞秋田版にもこの問題を取り上げる。
  • 県視覚障害者協会にも口頭で県障害者福祉課を経由し、県人事委員会に試験方法の改善を要望した。
  • 「障害者欠格条項をなくす会」も県人事課と県人事委員会に質問状を出す。
  • 同6月、自治労秋田県本部が知事あてに「試験に関わる要望書」を出す。
  • 同6月、定例県議会で自民党小田美恵子議員が障害者雇用について県の答弁を求める。県人事課が県人事委員会に対して受験資格:「活字文による出題と口頭による面接に対応できる者」削除の要望文を出す。
  • 同7月、秋田魁新聞に「県職員採用初級試験欠格条項を一部撤廃」の見出し記事が載る。
3.その運動はどんな効果があったのか?

  • 以後の県職員採用試験では視覚障害者には「活字試験から点字試験に」また「試験時間の延長」が図られ、聴覚障害者には「手話通訳および要約筆記が付けられる」ことになり、公務員への道が開けた。
  • 現在、当会会員の中でもこの欠格条項撤廃後に県職員採用試験に合格した者が出てくるなど聴覚障害者の職場拡大につながった。
参考資料2 (撤廃された受験資格の欠格条項) ※エが削除されています。

◎受験資格(平成13年度のもの)
(1)次のすべての要件を満たす者が受験できます。
ア.昭和47年4月2日から昭和59年4月1日までに生まれた者(学歴は問いません)
イ.身体障害者手帳の交付を受け、その障害の程度が1級から6級の者
ウ.自力により通勤ができ、かつ介護者なしに職務の遂行が可能な者
エ.活字印刷文による出題及び口頭による試験(個別面接)に対応できる者 ※

◎受験資格(平成14年度のもの)
ア.昭和48年4月2日から昭和60年4月1日までに生まれた者(学歴は問いません)
イ.身体障害者手帳の交付を受け、その障害の程度が1級から6級の者
ウ.自力により通勤ができ、かつ介護者なしに職務の遂行が可能な者

報道記事から

朝日新聞(秋田版)
2002年3月18日
障害者受験資格見直しへ
県職員採用 02年度にも「口頭」条項撤廃視野に

朝日新聞(秋田版)
2002年3月25日
「美の国」の風景 記者の手帳から
「隠れた事実」記事に

朝日新聞(秋田版)
2002年7月13日
県職員採用初級試験 欠格条項を撤廃
今年度から 点字・手話でも可能

秋田魁新聞
2002年7月15日
県職員採用試験 身障者欠格条項の一部撤廃
点字や手話認める 人事委、今年から実施

以上
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本紙の本文10,11ページおよび付録4頁目の新聞記事はこのエッセイの資料です。
筆者経歴:秋田県難聴者・中途失聴者協会前会長,秋田県難聴者・中途失聴者協会現副会長,全日本難聴者・中途失聴者団体連合会現理事,耳マーク部長
参考文献:「第60回東北ろうあ者大会資料」 (参考資料1,2について)


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