エッセイ どんなふうにやってきたの−合理的配慮をもとめる現場から


その5
第三の文字が広げる可能性
吉岡久美 (よしおか・ひさみ)
(奈良教育大学 大学院教育学研究科)
 「視覚障がい者は点字が読めますよね」と言う言葉を、何度となく耳にしてきた。私は16歳の時に視力を失った。視覚に障害を負ったという現実を受け入れるまでに歳月を要した後、点字という文字に触れた。点字は1825年にルイ・ブライユが6つの点を組み合わせて作った文字である。その点の集まりを指先で読むことは、私にとって時間を要するものであった。本の活字を目でスラスラと追っていた今までの私が、点の数を指先で確認しながら一文字ずつ読む。文字と文字が頭の中で繋がらず文章にならない苛立ちの繰り返しであった。そのような時、私は第三の文字、音声パソコンに出会った。

ソフトで文字を音声に−音声パソコン   普及と技術の飛躍的な向上
 視覚障がい者がパソコンを読み書きする時、晴眼者のおこなうように画面の文字を見て操作することは難しい。特に全盲のユーザーにとって単独ですることは不可能に近い。音声パソコンとは、音声合成によって画面に表示された情報を音声で読み上げるソフトウェアを取り入れたパソコンである。1996(平成8)年にWindows版の視覚障がい者用音声読み上げ対応の「スクリーンリーダー」が開発された。このソフトをパソコンにインストールすれば、Windows画面のテキストにフォーカスが当たっている文字情報を音声で読み上げる。入力時は文字の単語や熟語の漢字変換も詳細な読み上げをするので漢字かな交じり文を書くことも出来る。また、墨字文書などの原稿用紙をスキャナにセットして音声パソコンで読ませる技術も改良されてきた。以来、関連ソフトの開発により音声パソコンの読み上げ精度が飛躍的に向上してきている。
 音声パソコンの登場により、「情報障害」と言われていた視覚障がい者の環境は著しく変化した。点字や朗読により情報を得ていた時は、点訳者や朗読者を介することで時間差ができていたが、音声パソコンにより情報を瞬時に得られるようになった。よりリアルタイムに自分で情報を取捨選択できることが最大のメリットとなっている。パソコンやインターネット上では、画面上の文字の大きさを変更できたり、テキストのみの表示に切り替えたり出来る配慮がされつつある。

日常生活に欠かせないツールに
 私にとってこの音声パソコンで読み書きをしたり情報を得ることは、一筋の光を当てることとなった。大量の本も苛立たずに楽しんで読むことができるようになり、友達に手紙やE-mailを書くことで交友範囲も広がった。また、必要な情報を必要なときに検索し、社会の動きをリアルタイムで追うことができるようになった。大学での卒業論文作成でも音声パソコンの利点を最大限に活かし、何度も読み返し書き直しながら進めることができた。ブログやショッピング等を閲覧できるようになり娯楽面でも欠かせないものとなっている。
 このように音声パソコンは、私の日常生活の一部となり、時にはペンとノート代わりに、時には社会と繋がるツールとなったりと、さまざまに形を変えて生活をサポートしてくれている。視覚障がい者全般において、今や音声パソコンは点字よりも生活になじみやすいものへとなってきているのではないだろうか。若い世代においては、パソコンは学校で必ず手にするものとなり、一人一台と言われる社会にもなってきている。特に中途で視力を失った人においては、年齢と共に指の触覚が衰えてくることから点字を熟達させることは難しくなる。しかしパソコンを少しでも操作したことがあれば、パソコンにスクリーンリーダーを搭載しキーボードを叩くと音声が出ることから、視力を失う前に出来ていたことに近い事柄を時間をかけずに取り戻すことができる。新しいことを受け入れるには人間は戸惑いを隠せず気持ちが後退することも多いが、今までに知っていることであれば抵抗なく受け入れることができる。視力を失い何も出来ないと思っていた人に、音声パソコンは友達との繋がり、社会との結びつき、可能性を再び取り戻す役割を担う最初のツールとなりえる。しかし、私は点字が全くいらないと言っているのではない。生活面で物の名所を示したり、外出時にメモを採ったりと、点字が便利な場面も多くある。その目的と用途に応じて、どちらを使用するかを選択できる環境がもっとも望ましいのだ。私自身も、音声パソコン・点字・朗読とその用途に合わせて使い分けをし、組み合わせている。それらを自分の生活の一部にすることで、よりよい生活環境を整えていけるのだと考える。

ソフト開発・インターネット・活字出版に求められること
 しかし、ホームページを覗いて見ると図形化された文字やグラフ、PDF等が多用される傾向があるように感じられる。これらは晴眼者にとっては理解を助けるものであるが、音声パソコンでは読み取ることができない。ユーザーにとってはその部分の情報を得ることができないのだ。スクリーンリーダーの開発とホームページ作成者が作成時に視覚障がい者への配慮をすることで改善される課題である。また、視覚障がい者は点字本や朗読テープ等により図書から情報を得てきた。しかし読書に関しては情報バリアは根強い。著作権の兼ね合いで書店に並んだ本を、見えている人と同じタイミングで読むことができない。点字や朗読等になるまでに必然的に時間差ができるからだ。情報のバリアフリーを推進していくには、出版社の視覚障がい者への理解と柔軟な姿勢が求められてくるのではないだろうか。

音声は第三の文字
 音声パソコンの使用は、特に中途障害の人の可能性を広げるものとなった。しかしながら、この音声パソコンでの文字(音声)を第三の文字として、社会は認めていない。公務員試験と教員採用試験の受験の際に、この現実の壁にぶちあたった。「前例がない」「視覚障がい者は点字が読めますよね」の言葉を、音声パソコンを使用しての受験の嘆願を出してから5年間言われ続けた。2008(平成20)年にある報道局が取り上げてくれ、急展開に改善の方向へと進み、大阪府・大阪市の平成2009(平成21)年度公務員試験、2010(平成22)年度同教員採用試験において音声パソコン(点字との併用)が認められた。日本で始めて公の試験において、音声を文字として認識された瞬間であった。
 音声が文字、一体何を言っているんだろうと大部分の人が思うにちがいない。ここで、文字は目で見るものという見方を少し変えてもらいたい。中途障がい者にとっては、見えている人が使う墨字や点字をスラスラと読むことが難しい人も多い。このような場合、文字を持っていないと認識されがちであるが、音声という第三の文字を使って表現することができる。それを助ける手段の一つが音声パソコンなのだ。

受験の手段に音声パソコンを! 嘆願から5年、大阪府・市で実施へ
 特に文字の読み書きを瞬時におこなうことが求められる試験において、中途障がい者はどのように受験をすればいいのかとその方法に頭を悩ませる。試験を受験者の持っている能力を測るものと捉えたとき、自身がそれを発揮できる手段で受けられる環境が整っていることが望ましいはずだ。私が1年半留学していたカナダでは、視覚障がい者の試験に際して音声パソコン、点字、読み手を付ける等の手段が用意されており、試験に対して最大限の能力を発揮できる環境が整えられていることを知った。帰国後私は、再び大阪府・大阪市に音声パソコンを使用しての受験を嘆願し続けた。私は問題を点字で読むスピードが早くなく問題を読むだけで試験時間が終わってしまう。音声パソコンを使用できれば、問題を読むスピードは点字を読むスピードより何倍も速くなり、問題を全て読め考える時間ができる。それにより、自らの試験に対する力を、問題を読む手段に左右されずに最大限に発揮できると考えたからだ。しかし「前例がない」「視覚障がい者は点字が読めますよね」と言われ続けた。「前例がない」、確かに前例を打ち破り認めていくことは抵抗の生じることである。が、多くの事柄は誰かが前例を打ち破ってきたからこそ、当たり前のことになってきたのだ。誰かがそれを進めない限り、前例は永遠に前例のまま留まるのである。
 音声パソコンでの受験の嘆願をしてから5年目の2008(平成20)年にようやく音声パソコン(点字との併用)の試験が認められた。前例を打ち破り可能性を広げてくれた大阪府・大阪市の勇気と労力には感謝をしている。音声のスピードや読み方にパソコンユーザーの癖があることからも使い慣れた音声パソコンの使用が望ましいことから、試験に不要なファイル等を削除する条件でパソコンの持込が許可された。問題や注意事項等の試験に関する文章は全てテキストデータで用意されており、USBメモリーを媒介に受け取り音声パソコンで読ませる。解答は、デスクトップ上に「解答用紙」というファイルを作りそこに書き込んでいく。最終的には、この解答用紙を印刷する試験方式である。試験時間は通常時間の1.5倍。基本は別室受験である。受験者が一人の場合は、開放型スピーカーで、複数いる場合はヘッドホーンを着用して試験を受ける。試験監督者は、音声と画面の両方を常に確認するため、最低受験者一人に試験監督者一人が付くようである。ヘッドホーンの使用の場合は、試験監督者もヘッドホーンを着用し受験者の音声をチェックしている。
 今回認められた音声パソコンでの受験は、点字との併用という形であったので、問題をはじめ試験に関するテキストデータと同様のものが点字で用意されていた。音声パソコンでは、地名や人名は人間が読むように完璧に読むことが難しい。図やグラフは音声では読むことが出来ないので、点字で確かめる形での試験実施であった。
 今回試験を受けてみて、音声パソコンの不正使用を防ぐ方策は立てないといけないが、一方で問題の読み取りと解答記入だけを助ける音声パソコンという第三の文字への理解や、図形等を音声で分かるように表現すること、代替問題を用意することなどの合理的配慮がまだまだ不十分であるという印象を受けた。だが、「視覚障がい者=点字がスラスラ読める」ではないことをはじめ、音声という新しい文字が墨字や点字以外にあること、音声パソコンによって音声という文字を取り扱う可能性が広がっていることを知ってもらえる第一歩になったと考える。音声パソコンを使用しての試験実施が認められたことは、確実に大きな一歩であった。

「視覚障害者=点字」ではないということ
グラフ 厚生労働省の2006(平成18)年「身体障害児・者実態調査」表1によれば、視覚障がい者は全国に31万人いる。点字ができる人は4万8千人(12.7%)点字ができない人は26万8千人(70.7%)である(表18:障害程度別にみた点字習得及び点字必要性の状況)。このことからも、「視覚障がい者=点字が読める」ではないことがわかる。点字ユーザー以外にとっての文字、音声という第三の文字の理解と認識が課題となってくる。






 私たちは人生の中でさまざまな困難にぶつかる。今までたやすく出来ていたことが、ある日突然に出来なくなることもある。その時にでも、出来なくなる前に近い事柄が、さまざまな人のサポートや機器の力で、出来るように変わってほしいと思う。少し見る方向を変えることで、可能性は出てくる。社会もその可能性を受け入れていくことで、一人一人の力が埋もれずに発揮できるものとなると思う。
 私は音声パソコンという第三の文字と出会えたことで、大学への進学に留学と可能性を広げてきた。周囲の人たちが音声を文字として認識し、それを活用する私を受け入れてくれたからだ。同じ視覚障がい者といえども障害もニーズも人それぞれ異なる。人により墨字、点字、音声(音声パソコン、朗読)の用途も異なる。それぞれがそれぞれの用途に応じて自分の文字を選択し、表現できる環境へと移り変わっていくことが求められるのではないだろうか。
 社会全体がさまざまな媒体で情報を得ている人がいることを知り、情報の提供とその人たちが使用している文字、第三の文字への理解を深め、一人ひとりが少しずつの配慮をすることで可能性は無限に広がっていく。音声パソコンのユーザーの一人として小さな声を広げていきたい。

(中見出し・グラフは通信係が作成しました)
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初出 「障害者欠格条項をなくす会ニュースレター」46号 2009年11月発行


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