エッセイ どんなふうにやってきたの−合理的配慮をもとめる現場から |
その2 |
聴覚障害をもつ看護職への合理的配慮の実現に向けて |
栗原 房江(くりはら・ふさえ) |
(看護師、保健師) |
1.絶対的欠格条項から相対的欠格条項への改正と障害者雇用促進法 2001年、「目が見えない者、耳がきこえない者、口がきけない者には免許を与えない。」と定められていた絶対的欠格条項は、相対的なものへと改正されました。保健師助産師看護師法には、「心身の障害により保健師、助産師、看護師、准看護師の業務を適正に行うことができない者として厚生労働省令で定める者」に「免許を与えないことがある。」と記されています。また、同法施行規則においては、「免許を与えるかどうかを決定するときは、当該者が現に利用している障害を補う手段又は当該者が現に受けている治療により障害が補われ、又は障害の程度が軽減している状況を考慮しなければならない。」とも示され、障害が補われる、または、軽減している状況の者へ免許交付がなされるとあります。 ちなみに看護職は、障害者雇用促進法1)において2004年4月まで国および地方公共団体の除外職員に定められていたものの、現在は医師と共に外されています。障害者雇用促進法を簡単にまとめると、法定雇用率制度によって、常用労働者56人以上の民間企業と48人または50人以上の国・地方公共団体・特殊法人は、身体・知的の障害者手帳を有する者を雇用する必要がある旨を定めた法律といえます。法定雇用率は、民間企業1.8%、国・地方公共団体・特殊法人は2.0%となっています。そして、2004年4月まで医療業は50%の除外率が定められていました。つまり、1000人の常用労働者を抱える民間病院は、法定雇用率により18名の障害者を雇用しなくてはならないところ、50%の除外率を適用され9名とされていたのです。2004年4月より、除外率も引き下げられ、医療業は40%の除外率で、常用労働者1000人の民間病院は11名の雇用が必要となりました。 2.欠格条項改正と看護職資格取得2) 私は、小学生の頃に感音性の聴覚障害と診断されました。当時、両側30dB(デシベル)程度でありましたものの、その後、ストレスなどにより、徐々に低下をきたし、現在は右100dB弱、左50dB弱となっています。20歳より、左耳に補聴器を装用しています。また、身体障害者手帳制度下における手帳は有していません。WHOの示す聴覚障害者の国際基準は41dB以上であり、この基準に照会すると聴覚障害者に該当します。個人的な経験からも、40dB程度に低下した頃より、日常生活上の不便を感じはじめたように思います。就労においては、明らかな不便を感じたことからも、聴覚障害者の国際基準は妥当であると感じています。それらと比較し、日本における身体障害者手帳制度下における聴覚障害者の認定基準(両側平均70dB以上または片側90dB以上、もう片側50dB以上)は、非常に厳しいと感じています。 看護学生時代の講義の際は、聴こえを意識して常に前列へ着席していたことからか、聴こえないことの直接的な不便は感じずに過ごしました。聴こえないときは周囲の友人たちより、自然に協力を得られたことも大きかったと思います。その後、学内演習や病院実習を行う頃より、徐々に聴こえない自己に直面せざるを得なくなりました。周囲へ相談しようとも、同様の状況に置かれている学内の友人や教員はおりませんでした。また、病院における長期の臨床経験を有する教員より、「医療ミスを起こしかねない。」と、度々、厳しいお言葉をいただき、自らの進路について悩む日々でした。その後、大学4年次のとある日、何気なく見ていたテレビより「絶対的欠格条項が改正されます。」というニュースが流れました。この改正は、私に、看護職資格取得への機会と自信を与え、このときから、「聴覚障害をもっていようとも、看護職として就労できる。」と前向きの心意気を抱くことができたようになったこと、今では懐かしく思い出されます。そして私は、欠格条項の改正後、初の国家試験を受験しました。現在より当時を振り返ると、この法律改正は、私の看護職としての道を開き、そして現在へと至る方向性を定めたと、感慨深い気持ちとなります。ちなみにこの年は、看護「婦」から看護「師」へと名称変更がなされ、専門職として記念すべき年でもありました。聴者の国家試験受験者にしてみますと、免許証の表記が初めて看護「師」となったこともあり、同じ保健師助産師看護師法改正といえども、名称の改正に関する記憶が大きいようです。 3.就労環境における様々なバリアと独自のキャリア構築 看護師と保健師の国家資格取得後、私は看護師として病院へ就職しました。当時は、看護学生時代と比較にならないほど、大きなプレッシャーに押し潰されそうな日々でした。これらのプレッシャーは、新人看護師として仕方ないものであると事前に予想していたこともあり、自らの修行と思い、日々の業務へと励んでいました。 しかし、時間の経過と共に、就労において聴こえていない音があること、また、患者さんとのコミュニケーションに時間を要することに気付きました。同僚からも聴こえていない事象に関する指摘を受けることも増え、次第に、聴こえないことが就労に与える影響を強く自覚するようになりました。特に夜勤業務は、3名の看護師で50名程度の患者さんを看る必要があり、かつ、暗い中で行う看護は、視覚以上に聴覚へ頼る部分も増えてくるため、細心の注意を払う時間でした。その他、医療機器の警戒音、状態のすぐれない患者さんの血圧測定、申し送りの内容、電話の声が聴こえないなど、スムーズに聴こえない場面をあげると枚挙に暇がないことも明らかとなってゆきました。最も辛かったことは、亡くなる直前の患者さんの訴えが聴こえなかったことでした。このような状況をいくつも経験し、自発的な対処を行ったにも関わらず、状況は改善しないまま、時間は過ぎてゆきました。管理者へ相談した際も「あなたのみに、特別な配慮をするわけにはいかない。」という返答でした。 このような状況を改善するべく、就労後3年目となる2004年に大学院へ進学し、聴覚障害をもつ看護職の実態を調査・研究1)しました。その結果、私と同様に適切な支援もなく就労されている方の多いことがわかりました。そのような厳しい就労環境においても、対象者は聴覚障害をもつ看護職としての価値を見出していたことも明らかとなりました。多くの看護職の突き当るバリア以上に聴こえないことに由来するバリアも多い中で、彼らの前向きさには心打たれるものがありました。近代看護の祖を開いたナイチンゲールも慢性疾患を有し、患者さんの視点から看護を発展させたという過去を踏まえると、聴覚障害をもつ看護職の有する能力は、計り知れない可能性を秘めているように思います。 4.看護職の就労環境の実際 看護職は離職率の高い職業として知られています。2005年度は、病院勤務者のうち12.3%が離職しており、また、2004年度の潜在看護職数は約65万人という結果が公表されています。潜在看護職とは、免許は所有しているものの、就労していない看護職のことをいいます。2005年度の看護職有資格者のうち就労者数は、約130万人であることを踏まえると、その半数に及ぶ看護職有資格者が就労していないともいえます。 看護職養成は、国家の医療福祉の現状に見合うよう調整、そして実施されているにも関わらず、実際の就労者数は2/3程度なのです。つまり、単純に考えて、国民に必要な看護の提供量が2/3になってしまい、必要な看護を受けられないままとなっている方が増えているかもしれないのです。または、国民の求める看護を提供するために就労中の者が1.5倍量で働いているともいえます。医療の高度化と急速な高齢化により、更なる手厚さを求められる昨今、看護職は、国家により必要と定められた以上の過密な就労環境に置かれていると推測できます。 近年、看護職の高い離職率と多数の潜在看護職の存在が、注目されるようになりました。そこで管理職および潜在看護職を対象とした調査2)が行われました。その調査は、看護職の退職理由を問うもので、結果、看護職の退職理由は両者ともに結婚、出産、子育て、介護が上位を占めていました。しかし、潜在看護職の回答のうちには、勤務時間が長い、休みが取れない、夜勤の負担が大きい、健康不安、職務の責任が重い、医療事故への不安といったこともあげられたのです。これらの回答は、聴覚障害をもつ看護職が感じている就労上の困難3)と重なっています。まとめると、看護職の就労環境においては、様々な状況におかれた看護職への合理的配慮に乏しいことを指摘できます。 このような現状に対して、日本看護協会はワーク・ライフバランス4)(仕事と生活を両立させること)の実現をみるべく、取り組みを開始しました。ワーク・ライフバランスとは、様々な状況におかれている看護職の能力を生かすことのできる就労環境を整備してゆく試みです。聴覚障害をもつ看護職の就労環境整備に関する公的な支援は無に等しい状況であることを踏まえると、ワーク・ライフバランスの実現に向けた試みは、融合の好機であると考えられます。今後、看護職個々のもてる能力を最大限活かすことのできる就労環境が整備されることが実現しますと、就労の場において置かれている状況をお互いに配慮できるようになりましょう。そこでは、聴覚障害をもつ看護職への合理適配慮の取り組みも実現するのではないかと期待しています。 5.聴覚障害をもつ看護職への合理的配慮5)の実現に向けて さいごに、聴覚障害をもつ看護職の合理的配慮の実現に向けて、2つの事例を示します。聴覚障害をもつ看護職の能力を生かすためには、適切な方法を用いて障害を補うことが必要となります。しかし、この障害を補いうる適切、かつ、普及できる方法が全くといってよいほどに見出されていない状況であることも、調査・研究1)により明らかとなりました。 補う以前に、「できない」ことを自覚させて、就労環境は聴覚障害をもつ看護職に合わないと自覚するよう計らわれた、また、その環境におけるスタンダードを遂行できるよう度重なる指導をされた者もありました。特徴的な事例と、現時点において考えられる合理的配慮の例を示します。 【事例1】 血圧測定の際、正しく聴き取るための練習を重ねることは必須といわれ、聴診器と水銀血圧計を使用して測定を行わなければならなかった。実は聴覚障害をもつ看護職にとり、聴診器と水銀血圧計を使用して血圧測定を行うことは、非常なバリアとなり得ます。その理由として、聴者の看護職の測定手順に、補聴器の着脱と注意深く音を聴くためにゆっくり測定しなくてはならないことが加わるのです。必然的に聴者の看護職の測定に比較して遅れをとることとなり、業務の遂行にも影響をきたしてしまうのです。 水銀血圧計による血圧測定法は、過去1世紀の間に確立され、ここ30年間で医師主導の測定より、看護職主体の測定へと役割遂行の移った医療技術6)といえます。それだけに、看護職主体の技術を聴者同様に遂行できないと自覚させ、「業務の遂行は難しい、就労は無理。」と暗に結論付けようとしている感もあります。しかし、合理的配慮により、業務を遂行する方法はいくつもあるため、以下に示します。 【合理的配慮の例】 ・電子聴診器など補聴機能を有する機器を用い、充分な時間の確保を保障された上で測定する ・水銀血圧計と同様の結果を出すことのできる電動血圧計を導入する ・周囲の看護職に代替を依頼する 【事例2】 看護職はチームを組み、交代勤務を行っていること、また、医師をはじめとする様々な職種間の繋ぎ役を担うことも多く、様々な人とのコミュニケーションは欠かせないものとなっています。患者さんとのコミュニケーションは1対1でゆっくり話すことも多く、患者さんの体調がすぐれない場合以外は、聴こえに起因する大きな問題を生じることはありません。しかし、看護職間の申し送りや他職種とのカンファレンスの際は、聴覚障害をもつ看護職にとり、聴き取りの困難を生じることも多くなります。その理由として、大人数の会話を聴き取る際は、相手との距離に比例して声の大きさが小さくなることや、口の形を読めなくなることがあげられます。また、話者はより多くのことを伝えようと、早口で略語の多い専門用語を話すことも、聴き取りを難しくしてしまいます。また、電話で医師からの指示を聴くことも、聴覚障害をもつ看護職にとっては、とても大きな負担となります。 申し送りは、現在、廃止している病院もあり、必ずしも口頭で行うことに限定されなくなっています。これは電子カルテの普及によるところも大きく、口頭でやりとりや確認をされていたことが、パソコン画面などの視覚的な方法を用いて行えるようになってきています。補聴器などの補聴機器と視覚的な方法を併用することにより、スムーズなコミュニケーションを補うことは不可能ではないと感じられます。これは、聴者にも有効な方法でありましょう。一度、聴こえなかったことで、「できない」ことを突き付ける前に、合理的配慮の方法を考えてみてほしいと思います。事例2に値する合理的配慮の例を以下に示します。 【合理的配慮の例】 ・申し送りを口頭以外の視覚的な方法(代表的な方法として、カルテを参照する)へと変更する ・カンファレンスの際は、聴き取りやすい場所へ着席すること、また、近くのスタッフに筆談などを用いて内容を確認できる、またはFMシステムなどを使用できる環境を準備する ・コミュニケーションの難しい際は、周囲の看護職へ代替を依頼する これらの事例は、これまでに関わってきた看護職たちの経験を積み重ねたものです。合理的配慮のうち、共通する事項をまとめると、以下のようになりました。 1)電子聴診器など医療現場に特化した補聴機器の導入 2)電子血圧計や電子カルテなど視覚的方法への変更 3)周囲の看護職への代替を依頼 実は、この合理的配慮を実践することにより、聴覚障害をもつ看護職への支援となる以上に、医療現場におけるメリットを生じるといえます。 1つめは、現在、聴覚障害をもつ看護職への支援となることに加え、将来、聴力低下をきたした看護職が判明した際も、スムーズに支援できるノウハウを有することとなります。実は、聴力低下は加齢を原因とすることも多く、 30歳代よりはじまるといわれているため、ノウハウを有しておくことは必要なことでありましょう。 2つめは、聴覚に加え、視覚を併用したコミュニケーションや確認を行うと、確実な行動の遂行へと繋がります。複数の感覚を用いることにより、コミュニケーションや確認の修正すべき点に気付きやすくなるといえましょう。 3つめは、周囲の看護職への依頼を通して、それぞれの職務内容を確認し合うこともできます。そこで、職務上、必要なことを助け合うことができると感じます。聴覚障害ゆえに遂行の難しいことは、周囲の看護職へ依頼し、聴覚障害をもつ看護職の遂行できることは、率先して行うというスタイルを築くこともできます。患者さんの心身は日々、刻々と変化しています。連日、同じ方を担当していても、日毎に看護の内容は変化することより、お互いに配慮し合い、手伝うことは自然発生的に起こってきます。また、聴覚障害をもつ看護職のジョブコーチとして、短時間であれば就労可能な長年の就労経験を有する潜在看護職を起用することにより、聴覚障害をもつ看護職と潜在看護職、2つの雇用を創出できることもできます。 その他にも様々な合理的配慮およびそれらの実践に伴うメリットの創出が期待されます。そのために、これからは、旧来のバリアを強調する以上に、合理的配慮により生じるメリットへも目を向けてゆくことが求められましょう。これらの実現をみるためには、現在、同じような状況におかれている看護職たちと手を取り合ってゆき、事例を積み重ね、合理的配慮の例を見出し、積み重ねてゆくことが必要7)であると感じています。同じような状況にある看護職の方のおられました折は、同境遇の看護職および後輩たちのためにも是非、ご協力をいただきたく思います。 6.参考文献 ※文献の数字は本文の中の1)から7)と対応しています 1)厚生労働省:障害者雇用対策の概要 URL http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/shougaisha02/index.html#05 2)奥野英子編著:聴覚障害児・者支援の基本と実践,中央法規,2008. 3)栗原房江:聴覚障害をもつ看護職と看護学生の実態に関する研究−就労と基礎看護教育課程における問題と対応−(修士論文),筑波大学大学院教育研究科カウンセリング専攻リハビリテーションコース,2006. 4)日本看護協会編:平成19年度版 看護白書 専門職として生活者として働く 看護職の確保定着とワーク・ライフバランスの実現,日本看護協会出版会,2007. 5)東俊裕:障害者の権利条約と日本 障害に基づく差別の禁止,生活書院,2008. 6)日野原重明:刷新してほしいナースのバイタルサイン技法 古い看護から新しい臨床看護へ,日本看護協会出版会,2002. 7)聴覚障害をもつ医療従事者の会編:医療現場で働く聞こえない人々 社会参加を阻む欠格条項,現代書館,2006. 初出 「障害者欠格条項をなくす会ニュースレター」43号 2008年11月発行 |
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