運転免許試験の視聴覚基準に関する質問状及び警察庁からの回答 |
日本では16歳以上の人口の7割が免許保有者です。自動車による移動、運転は社会生活に欠かせない、権利と言えるものです。誰でも、その人自身が安全に運転できる範囲で運転することは、当然認められるべきです。合理的な理由もなく免許交付や運転を制限するならば、それは人権侵害です。 2001年に、障害者欠格条項に関して「道路交通法」が改定された時、「試験の合格基準(道路交通法施行規則23条)も併せて見直すべき」と聴覚障害者団体等が要請し、国会でも、ろう者の参考人が強く訴えました。しかし合格基準をどうするかは検討されず、日本では、視力0.7未満の人や、10メートル離れて補聴器をつけて90デシベルのクラクション音が聞こえない人は、今もあいかわらず、普通自動車免許を交付されない法制度です。 その後2002〜03年度の2年間、「安全運転と聴覚との関係に関する調査研究」が、442万円の予算をとって実施されました。警察庁の予算書では、趣旨目的として「道交法88条を改め、運転免許試験で判断することにしたので、運転免許試験を充実し、特にその適性試験の合格基準を見直す必要がある。道交法改正については『運転免許の適性試験・検査については、これが障害者にとって欠格条項に代わる事実上の免許の取得制限や障壁とならないよう…』と附帯決議も採択されており、さらに障害者施策推進本部の申し合わせでは、資格取得などの機会が実質的に確保されるように条件整備するということも言われている。そして、特に聴力については障害者団体等から見直しが強く求められ意見が寄せられている。」と述べていました。 ところが1年目の報告書の結論には、聞こえなければ運転は危険という方向が色濃く、「障害者欠格条項をなくす会」は強い懸念をもって2003年12月に「運転免許の聴力基準に関する意見書」を提出しました。2003年度には、「安全運転と視覚との関係に関する調査研究」も実施され、この報告書および聴覚の2年目の報告書が、今年3月付でまとめられています。2003年度の調査は、実車およびシミュレーション装置での実験、諸外国の制度などの調査、専門家や障害者団体などへのヒアリングやアンケートが、共通する内容です。 調査報告にもありますが、国際的には、普通自動車や原付二輪の免許については聴力不問の国が大部分で、日本のような制限は異例のことです。韓国でも、1995年以降、普通自動車、バイクの免許については全く聞こえない人にも交付する制度に変わっています。諸外国では、普通自動車免許の視力基準が0.5前後以上と日本より緩やかな基準であることが、2003年度の調査からわかっています。 しかし報告書は、「運転に聴力は必要」といった旧来の見方に固執し、聴力・視力について現行基準を維持する方向を、結論としました。 ここに至る経過をふまえ、今後の政策制度との関係で、以下、質問します。 |
【質問1】 調査研究が行われることになった経過および予算取得時の趣旨目的と、実際に実施された調査研究内容との間に、大きな乖離があるのではないでしょうか。 予算書の趣旨目的にあるように、欠格条項の見直しの趣旨、聴覚障害者団体の強い要請をふまえて、聴力基準の見直しについて調査研究する趣旨だったはずです。にもかかわらず、事実上は、事故と障害との関係を強引に結びつけた、当初の趣旨から見ても相反する調査や論説に、重きがおかれており、一方、各国に直接取材もした情報は、報告書の結論の中では軽んじられるか無視されています。 従来、障害・病気は、「事故の原因、危険のおそれ」とすぐに結びつけられがちです。しかし実際には事故は、誰の上にも、注意を払っていても、さまざまな原因の複合によって起こり得ることです。仮に60歳の人が事故を起こしたとして、「全ての60歳以上の人の運転を禁止すべき」と短絡して考える人は少数でしょう。ところが障害や病気については、このような短絡がほとんど"常識"になっています。これまでの常識から問い直さなければ、ほんとうの交通安全は図れないのではないでしょうか。障害や病気の属性をもつ人を厳しくチェックしてなるべく免許を与えないようにすることや、事故にかかわるドライバーへの罰則ばかりを重くする方向でよいのか、根本から再考すべきではないでしょうか。 【質問1に対する回答】 本調査研究は、平成15年度概算要求書に示されているとおり、「交通安全と障害者の社会参加の両立を図る観点から、自動車等の安全な運転と聴覚との関係について様々な角度から検討する」ことを目的としたものです。 この目的に沿って、次のとおり調査が行われたものと承知しております。 ○ 文献調査や聴覚専門医からの意見聴収 ○ 諸外国の制度調査 ○ 聴覚障害者団体等からの意見聴収 ○ 実車や運転シミュレータによる実験 ○ 聴覚障害を補う技術の開発状況の調査 |
【質問2】 日本で現在なお聴力基準にこだわる理由は、どこにあるのでしょうか。 なぜ、普通自動車について視覚条件を緩和することを検討課題にもせずに、現状維持という結論に短絡させているのでしょうか。 なお、韓国は聴覚の調査研究「委託仕様書」では、調査対象国にあげられていましたが、なぜ、実際には調査されなかったのですか。 諸外国では長年にわたり、普通自動車やバイクについては聴力にかかわらず免許交付しており、運転してきた人々の膨大な実績があります。報告書の「まとめ」の中でも、「今回調査を実施した諸外国においては、いずれもわが国の第一種普通免許に相当する免許については聴覚が免許の取得の可否の要件とはされていない」とあります。 報告書にあるように、今回調査を実施した諸外国では、普通自動車については「視力0.5前後以上」としている国が多いです。日本の普通自動車免許は「視力0.7以上」で、これは諸外国の商業免許の視力基準に相当する厳しい基準です。 【質問2に対する回答】 普通自動車の運転に聴力を要件としていない諸外国でも、大型や営業免許については、一定以上の聴力が必要とされている場合が多いと承知しております。運転免許に係る法制度は、それぞれの国の道路事情、交通情勢等を踏まえて定められているものであり、我が国においては、見通しの悪いカーブや踏切における安全確保の要請もあり、一定以上の聴力を免許の要件としているところであります。 また、視覚条件についてですが、視力又は深視力が適正基準を満たさない者が大部分を占める一部更新者の交通違反や交通事故の状況にかんがみ、現行の基準が維持されるべきとの結論に至ったものと承知しております。 なお、韓国については、別途調査が実施されたことから、改めて調査を行うこととはされなかったと承知しており、今回の調査研究は、韓国の状況も踏まえつつ行われたものと承知しております。 |
【質問3】 実験の被験者構成の公平性について、いかがお考えですか。 事故率の比較は、客観的に公正と言えるものでしょうか。 また、シミュレーター実験で設定された条件と、ふつうの道路走行条件との隔たりが大きすぎるのではないでしょうか。 聴覚の調査研究で、シミュレーターおよび実車による実験は、被験者は聴覚障害者5人、健聴者14人と、人数で3倍もの開きがあり、年齢・経験も不均衡で、健聴者には職業運転手さえ含まれています。視覚については、視覚障害者の被験者はゼロでした。 なお、シミュレーターによる実験は、健聴者にも気分が悪くなった人が多く、ふつうの道路走行ではまず起こらない状況設定との指摘が共通してありました。 視覚の調査報告では、安全運転学校受講者に限定した古いデータが根拠に使われています。著しく公正性を欠いているのではないでしょうか。安全運転学校受講者は、事故や違反をきっかけに講習を受けたことがある人で、データは、1969年から10年間の大阪府警管轄のものです。 聴覚の調査報告で使用されているデータも、客観的な比較に堪えるものとは言いがたいです。2003年時点で、「補聴器をつけて」の条件で運転免許を交付されている人は約3万5千人、手帳をもつ聴覚言語障害者の1割程度であり、一方、日本の免許保有者全数は、約7746万7千人です。この二つの集団の事故率を比較して、聴覚障害者の事故率が0.1%程度高いと算出して、聴覚障害者のほうが事故の危険性が高いと結論するのは、強引ではないでしょうか。 【質問3に対する回答】 実験の被験者に関し、聴覚障害者の方5名につきましては、関係団体に御協力をお願いし、参加いただく方を募集しましたところ、御応募いただき実験に参加していただいたと承知しております。また、視覚の実験につきましては、視覚障害者の方の御参加が確保できず、専門医のアドバイスをいただき、健常者に視覚障害の擬似体験をしていただいて実験を行うこととしたと承知しております。 また、視覚については、調査報告書において最近のデータ(34頁参照)についても掲載されています。聴覚の報告書に関しては、既に免許をお持ちの聴覚障害者の方の事故率を掲載しているものです。 運転シミュレータによる実験については、実験目的に応じた設定条件により行われたものと承知しております。 |
【質問4】 聴覚の報告書の「障害者団体D」とは、どのような「障害者団体」ですか。 内容(聴覚障害者の運転、免許取得に反対する。事故例は知らないが、事例が少ないことを理由に緩和すべきではない)から見て、報告書巻頭の協力団体に名前が記載されている聴覚障害者団体いずれでもありません。「障害者団体D」は、アンケートに回答しその意見が報告書に掲載されていながら、協力団体名には掲載されていず、かつ、回答文面は、「交通事故遺族の会」と一言一句同じで、きわめて不自然な掲載との疑問があります。 【質問4に対する回答】 「障害者団体D」の記載があるページ(276頁)全体は、印刷製本に至る過程での誤りにより印刷されているものと承知しています。また、このページの記述は、報告書の他の部分で引用されておらず、調査結果にも影響を与えていません。 この誤りについては、関係方面に御連絡し、訂正させていただきました。 |
【質問5】 数多くの障害当事者のもつ経験をふまえて、いかに可能性を広げるかの観点からの調査研究を、改めて行う必要があるのではないでしょうか。 障害当事者団体に委託して、数多くの障害当事者の体験と声に基づく調査をすべきではないでしょうか。実際に運転していて、何が安全で何が危険か、今後何が必要かを最もよく知るのは障害がある当事者です。 たとえば聴覚の報告書に述べられている、「注視回数」については、注視回数が多いことがすなわち、安全運転していると言えるのかどうか、疑問があります。実験結果で、聴覚障害者は注視回数が少なかったとありますが、聴覚障害があるドライバーのように、情報を目で確認することに日頃から慣れている人と、そうでない人とでは、注視行動には差異が出ることがありえます。 視覚の調査研究では、運転している視覚当事者へのヒアリング、実験への参画も皆無であり、視覚を補う技術、道路交通環境の工夫についても、まったく検討されていません。視覚の実験では、視覚に障害がない人のみが、いきなり視覚障害状態にされて被験者となっています。それは、視覚の障害を自ら把握している人が、しかるべき注意を払って運転する状態とは、明らかに異なります。 障害当事者のもつ経験値を無視して、実験を実施し、当事者抜きに結論を導こうとすることは、あまりにも不公正で粗雑です。改めて障害当事者の企画立案段階からの参画に基づく調査研究を行う必要があると考えます。 【質問5に対する回答】 本年度(財)国際交通安全学会では、「交通の安全を確保しつつ、聴覚障害者の社会参加の拡大というニーズにどのような形で対応し得るかを検討するために、聴覚情報の補助技術の運転における活用可能性について調査研究を行う」予定であり、警察庁としても、これに協力することとしております。 |
以上 |
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