「障害のある人の欠格条項ってなんだろう?Q&A」
出版記念イベント(2023年)


その2
瀬戸山/それでは、実際に障害があって、医療者資格をもっている方にお話を伺いたいと思います。はじめに、福場さん、お願いいたします。
(写真:福場さん)
福場/はじめまして。福場将太と申します。僕の仕事は精神科医、心を診る医者ですね。僕の持病は、網膜色素変性症、目の病気で、視覚障害の当事者です。そんな縁で、この本に原稿を書かせていただきました。お手元に資料も配布していますが、これはお話に出てくるキーワードを書いたもので、見ながら聞く必要はないので、あとからこんな話をしていたなという振り返りに使ってください。僕自身が見えないので、僕の講演はスライドは使わないので、お耳だけ傾けていただければと思います。
 まず、この網膜色素変性症がいつわかったかなんですが、医学部5年生のときですね。医学部では5年生になると臨床実習で、白衣を着て、病院のなかで実際の患者さん、実際の治療を見学します。一年かけて、内科、外科、産婦人科…と回っていきます。眼科を回ったときに学生どうしで診察の練習をしていたんですが、僕の目をのぞいた指導医の先生が、「あれ、、、、あれ、君の眼は?」っていうふうにね、そこで病気が見つかりました。
 眼科の教科書で網膜色素変性症を見ていくと、確かに載っていました。主な症状、ひとつは夜盲症、暗いところが見えない。確かに思えば、こどものころから学生時代もそうですが、たとえば学園祭とか学芸会で舞台が暗転した時、あるいはキャンプファイヤーで火が消えた時、まわりのみんなはスタスタ歩いているのに、僕は歩けませんでした。もうひとつの症状は、視野の狭窄、見えている範囲が狭い。こどものころから野球をやっても全然バットにボールがあたらなかったので、視野が狭かったんだなと思います。運動音痴だっただけかもしれませんが。あとは教科書をみていくと、この病気は徐々に視力が落ちて末期には失明にいたることもある難病指定疾患、治療法は、なし、と書いてありました。ちょっとびっくりしましたよね。
 ただ、そのころはメガネをかけて視力もまだ出ていたので、なんとかなるだろうと楽観的に思ってたんですけども、不思議なもので、診断がつくと、まるで運命のスイッチが押されたように本当に視力の低下が進行していって、1年後にはけっこう見えづらくなったんです。6年生って一番勉強しなくちゃいけないんだけど、なかなか勉強に身が入らなくなりました。教科書とか試験の文字が見えにくいというのはあったんですが、それ以上に、目が見えなくなるのに医者になっても意味ないじゃんって思っちゃったんですね。
 気持ちが全然入っていなくて、全然勉強していなくて、卒業はなんとかギリギリしたんですけれども、国家試験は、めでたく不合格になりました。
 さあこれからどうしようと、通常は、国家試験に落ちたら、一年後を目指して浪人すればいいんですけども、僕の場合は一年後の自分の状態がどうなってるかわからないし、五、十年後はもっとわからないし、どうしたものかと。一回医療の現場を離れたんだけれども、やっぱりもう一度、全力で国家試験を受けてみようと思いいたりまして、次はマークシートを間違えずに塗る練習をやって、時間内に間違えずに問題文を読む練習をして挑みました。
 すると今度はうまくいきましたね。それでなんとかギリギリ免許がとれて、やがて精神科医になって、ただ視力の低下は続いたので、3,4年目ぐらいですかね、患者さんの顔も見えなくなって、パソコンの文字も拡大しても見えなくなりました。さすがに精神科医とはいえこれはもうアウトだろう、まだ新米のくせに、早々に引退を決意したりもしたんですが、そんなときに出会ったのが、「視覚障害をもつ医療従事者の会(ゆいまーる)」という会です。
●視覚障害をもつ医療従事者の会 ゆいまーる
 2008年6月に発足した団体。全盲での医師国家試験合格第1号である守田稔先生を代表とし、医師・看護師・理学療法士・言語聴覚士・精神保健福祉士・心理士など、様々な医療・福祉職の会員が所属。情報交換、勉強会、学会発表、機関誌発刊や『点字毎日』への連載などを行なっている。
 2023年5月20日現在で正会員36名、協力会員71名。
 この会は、大阪にいらっしゃる全盲の精神科医の守田稔先生が代表をつとめていらっしゃるんですがその集まりに行ってみたんですね。するとそこには、守田先生以外にも、目が見えないお医者さんがたくさんいました。医者だけじゃなく、看護師さん、心理師さんなど、目が不自由でも医療や福祉の仕事をしているひとがたくさんいたんです。
 まずは仲間がいることで勇気をもらいましたし、まずは具体的に音声ソフトを使えばパソコン操作ができる、こういうふうに診療したらいいよ、勉強したらいいよと知恵を授けてもらいました。この勇気と知恵をもらってもうちょっとやれるかと思い直して、それからもう10年以上たちましたが、目は見えなくなっちゃいましたけど、まだ仕事は続けられているのが今の僕です。
 今回、この原稿の話をいただいて、あらためて、資格、欠格条項について考えてみました。さきほど臼井さんのお話にあったように、かつては目が見えないという時点で、医者の仕事はできませんでした。目が見えないというのは欠格条項だったんですね。だから失明したら、仕事をやめなければならなかった。
 なぜ目を見えないことが欠格条項なのか。たしかに、目が見えない、レントゲンも見えない、心電図も読めない、カルテも書けない。患者さんの所見がとれない、見間違えてミスをしたらどうするんだという、そういう不安もあったでしょうし、なによりも医者はいろんなことができてあたりまえ、完璧なのが当たり前、医者は五体満足、これが当然だという、なぞの不敗神話が、ぼくらの業界にあったからです。そうなですよ、僕らの業界では医者は五体満足なのが当たり前、五体満足でなくてはならないという謎の思い込み、いうなれば妄想がすごく蔓延してるんです。だから病気になった時に、もうだめだ、やめようとなってしまう。
 僕も、「ゆいまーる」に出会うまで、目に見えない医者は自分だけだと思っていました。でもこれはおかしいです。僕らは病気の勉強をしているのですから、どの病気がどのぐらいの確率で起きるか知ってるわけです。医療の人口を考えれば、医者の中に目が見えない人がいるのは当たり前ですが、なぜか、いないと思いこんでいた。僕も不敗神話に染まっていたんです。
 でも、医療従事者も人間です。そして人間は完璧ではありません。誰だっていつ病気になるか、事故にあうか、わからないわけです。だから人間は完璧じゃなくていいのですが、完璧じゃなくていいと言うと、堕落していくという感じがしますけれど、そうではなくて、完璧じゃないからこそ、できることは全力でやらんといかんし、高められる力は、全力で高めなくてはいけない、その情熱があるかどうかが一番大事なわけです。障害かあるかどうかよりもですね、情熱があるかどうかが、一番、大事なわけです。そして、「ゆいまーる」で出会った先生たちというのは、情熱では負けていません。五体満足の先生たちに負けていない、むしろ情熱では勝ってるくらいです。医者は五体満足、完璧が当たり前と言われる不敗神話の業界で、目が見えない状態で仕事をすることは、情けない思い、悔しい思いをたくさんするし、目が見えていないせいで患者さんになにかあったらと、不安は常時あるわけです。でもその不安をおして、自分はこの仕事をするんだと、それはすごい情熱だと僕は思います。この業界は必ずしもみんなが情熱にあふれているわけでもないんです。特に医者はですね、ひいじいちゃんも、じいちゃんも医者で、親父も、兄貴も医者で、だから俺も医者になるしかなかったと、しょぼくれて医学部に来ている人もいたりする、そういう業界なんですね。僕自身もそういう家系に育っています。だからもし、目が悪くならなくてですね、なんとなく医者になっていたら、もしかしたら今日まで情熱は持っていなかったかもしれません。一回業界を離れて、自分の意志で戻ってきたからこそ、やれているのです。
 だから僕は、障害があっても、やる気がある人に、どんどんこの業界に参入してほしいと思っています。確かに免許とか資格というのは、誇りを持ったり、責任感を高めるいい面もありますけども、資格とか免許というものにとらわれすぎて、身動きが取れなって閉鎖的になっているのが、僕らの業界の悪いところです。だから、情熱がある人にどんどん参入してきてほしい。別に無鉄砲なことをしろと言うわけではなく、できないことはカバーし合えばいいわけです。チーム医療なんですから。できないことは助け合えばいい。だからこういう本が出て、情熱がある人が、業界にどんどんきてくれることを願っています。もう一度言いますが、障害があるかどうかは問題じゃないんです。情熱があるかどうかが一番大事、一番の欠格条項は、情熱がないことです。
 最後に、臼井さんからも言われたのでお知らせですが、この本は、購入するとテキストデータの引換券がついてきます。引換券を送ると、テキストデータがメールで届きます。パソコンの音声ソフトを使うとテキストを読み上げることができるので、眼が見えない人も、この本を読めます。先ほど言った「ゆいまーる」代表の守田先生、日本の全盲の医師国家試験合格第一号、この先生の文章も載っていますので、ぜひお楽しみいただけたらと思います。僕からのお話は以上です。今日はありがとうございました。福場翔太でした。
瀬戸山/福場さん、ありがとうございます。すみません、私が感極まってしまいました!どうもありがとうございました。最後に質疑応答の時間がありますので、それでは続いて、関口麻理子さん、よろしくお願いいたします。
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初出:障害者欠格条項をなくす会ニュースレター90号(2024年3月発行)


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