運転免許の視力基準に関する意見書 |
2005年3月31日 | |||||
国家公安委員会委員長 村田 吉隆 殿 | |||||
警察庁長官 漆間 巌 殿 | |||||
障害者欠格条項をなくす会 (共同代表 福島 智・大熊 由紀子) 東京都千代田区神田錦町3-11-8 武蔵野ビル5F DPI障害者権利擁護センター気付 TEL:03-5282-3137 FAX:03-5282-0017 |
|||||
運転免許の視力基準に関する意見書 |
|||||
1 はじめに | |||||
「障害者欠格条項をなくす会」は、障害の違いや立場の違いをこえて法制度のバリアをなくす趣旨で、1999年に発足しました。当時から、自動車運転免許、教習、試験、検査についてはさまざまな体験、意見がよせられてきました。道路交通法令の障害者に対する現行の制限は、障害者の社会生活についてはもちろん、他の法制度や人々の意識にも大きな影響を及ぼしています。 |
|||||
色覚については、比較的早くから問題となり、運転免許試験の検査のあり方や、交通信号の色彩・輝度の改善もされてきたところですが、視力については、低視力者がもつ体験や意見を聞くことも、可能性を広げる方策の検討についても、きわめて遅れていて、ないに等しい状態でした。 |
|||||
そうした中で実施された「安全運転と視覚との関係に関する調査研究」(2003年度 委託者 警察庁)は、今後の運転免許のあり方にも影響を及ぼすものだと思います。この研究調査報告書(以下、「報告書」と略)は、視力基準は現状維持という結論を導き出していますが、私たちは、これを読むなかで、いくつもの疑問と問題を感じました。以下でそれを指摘し、当会の要望を記します。 |
|||||
2 報告書への五つの疑問 | |||||
・なぜ?各国調査にふれない結論 報告書に示された各国の制度調査をみると、日本の普通免許(非商業用免許)の視力基準は、調査した各国の商業用免許(日本でいう第二種免許)の視力基準に近いもので、各国と比べて日本の基準が厳しいものであることがわかります(別紙 報告書の記述に基づく一覧表を参照のこと)。また、単に視力検査の数値だけで判定するのでなく、その人がどのようにしたら運転できるかという基本的な視点、柔軟な判定基準がいくつかの国には明らかにみられます。しかし、そうした事実と考察は、報告書の結論には一切ふれられていませんでした。 |
|||||
・なぜ?厳しく硬直した基準 他国との比較からも明らかになっている日本の判定基準の厳しさは、どのような合理的根拠によって説明されうるものでしょうか。 2004年8月11日の第41回「市民政策円卓会議」(テーマ 運転免許試験の視聴覚基準 主催 市民がつくる政策調査会)では、石毛えい子衆議院議員が、「この問題を考える際には、欠格条項の見直しという政府の方針を前提に、いかに、障害者の社会参加を促進するための条件設定をしていけるかということを考える必要がある」、また、「なんらかの制限を設けるとしたら、その基準設定には、最低限、一定の科学的根拠に基づく合理的説明が必要。合理的理由を説明できるような検証をしていますか」と質問、会議に出席していた警察庁運転免許課から「そこまでの科学的検証はやっていません」というやりとりがありました。 |
|||||
・なぜ?実験の被験者は健常者 また、報告書のなかで示されていた実験についても、大きな問題があります。実験の被験者は全て、めがねやコンタクトレンズで、突然、低視力状況におかれた人たちでした。こうした健常者たちと、ふだんから低視力で、経験や慣れをもち、いろいろなツールも使いこなして生活している人たちとでは、比べものにならない違いがあり、当事者不在の実験は全く意味をもちません。また、アンケート回答にも、視覚障害者団体は一つも含まれていません。 |
|||||
・なぜ?無理無体なデータ使用 報告書は、文献調査の中で、視力基準を現状維持と結論する根拠に、主に二種類の統計を出しています。 一つは、1969-79年に、大阪府下で事故や違反をきっかけに講習を受けたことがある人(安全運転学校受講者)を対象にしたデータです。そもそも対象者からみて事故率が高く出るのは不思議ではなく、このような埃をかぶった資料をわざわざ持ち出していることは滑稽でさえあります。 もう一つは、「運転免許証の一部更新を受けた者の交通違反状況等」という統計で、一部更新とは、95%以上が、第二種免許の視力または深視力の基準を満たさなくなった結果、第一種免許のみの更新になった人と説明されています。この統計にも疑義が多くあり、主に、 |
|||||
| |||||
の二点について担当課と質疑も繰り返してきたところですが、結局、主な質問点については避けたご回答といわざるをえない内容でした。 |
|||||
一部更新に関して専門家にもご意見をうかがいました。 「大型トラックなど、職業的運転手を中心とする集団と、黄色ナンバーの軽自動車(用途は買い物と子どもの迎えのみ、など)、休眠ドライバー(ペーパードライバー)を含む免許保持者の集団と比較することは、土台、無理があります。比較している期間年数にも相違があります。これは、根本的に、冒頭の比較する2集団の属性・性格が全然違うものを比較して、結論をだしているもので、お話になりません。比較に使えない資料を、むりやり、持ち出して、比較して、恣意的な結論を引き出した報告書だと断定できます。」 宮尾克さん(名古屋大学情報連携基盤センター教授 医師 専門;公衆衛生学、人間工学) |
|||||
・なぜ?現行基準維持 | |||||
上述のとおり客観的に見るならば、この調査研究からは、視力基準を現状維持とする結論は、とうてい導くことができないと言えます。むしろ、現行基準になぜこれほど固執するのか疑問は深まるばかりです。 |
|||||
3 提案・要望 | |||||
低視力で日常的に運転している当会の会員からは次の意見があります。 「日常生活で最大の不便は、普通自動車の運転免許が、視力基準により、取得できないことです。原付二輪免許は交付され、長年、無事故で運転していますが、普通自動車免許がなくては、就職も難しいです。たとえば看板の小さな字が判別できない不便は、単眼鏡などを使えば解決できます。しかし、普通自動車免許をもてない不便不利益は、かわる方法がなく、解決できません。 報告書の調査で、各国では視力0.5から普通自動車免許を交付していることが共通しています。どうしても日本では0.7必要だというのなら、その理由を立証し説明する責任があります。また、一定以上の視力がないと、見えにくくて事故につながる交通標識があるというのならば、それらを見やすくするか、ナビゲーションや、車載カメラなどで補うことはできないか。それでいままで運転できなかった人々が運転できるようになります。この報告書は、普通自動車免許について視力が0.7必要との立証もなく、科学技術や交通環境の整備によって交通安全を追求しようとする観点もみられません。もとより限界がある人間の身体的条件だけに注目して、それに達しない者を排除する姿勢は大きな問題ではないでしょうか。」(30代、男性) |
|||||
視力に何らかの障害があっても、その人の障害状況、運転する環境において、安全運転が可能な範囲はあります。個々人の差異も、地域生活環境の違いも非常に大きいです。日常の体験を通じて、必要な明るさ、注意が必要な場面、自分のコンディションについてよく知っているのは、本人です。本人とよく相談して、安全運転可能な範囲において、その人の社会生活上必要な運転ができるようにするという視点から、長年にわたって見直しもされていない硬直した基準や検査のあり方をも変えなければ、進展することはありません。 |
|||||
検査のあり方について、報告書で紹介されているイギリスの例では、「視力矯正した状態で、一定の文字や画像、自動車のナンバープレートなどを20メートル離れて明るいところで読むことができること」となっています。「視力検査表だけで判断するのでなく、道路交通標識が読めるかどうか等の検査をしてほしい」という意見は、日本でも以前から出ているものです。また、日本においても、国土交通省では、船舶などの操縦免許について、実際の信号機やブイが識別できればよいとしています。 |
|||||
障害がある人が、安心して安全快適に運転できる自動車、道路交通環境をめざすことで、誰にとってもより安全快適な状況に近づけることができます。 視覚についてはとりわけ、運転可能性を広げることと、安全性を高めることが対立的に取り扱われやすいですが、本来は決して矛盾対立することではありません。高齢のドライバーが増えていくことを考えても、上記の視点で取り組むことはますます重要です。 |
|||||
上記の理由をもって、二点を提案・要望とします。 |
|||||
一、 普通自動車免許の視力基準を0.5にすることを検討する趣旨目的で、立案段階から当事者が参画した調査研究をおこなうこと |
|||||
二、 同時に、視力検査表のみで判定するのではなく、実際の信号機や標識を識別して運転ができるかによって判定する検査を、導入すること |
|||||
以上 |
|
戻る |