「熊本旧優生保護法裁判」第15回期日傍聴報告
2021年10月27日 権利擁護
DPI日本会議の加盟団体「ヒューマンネットワーク熊本」の植田洋平さん・平野みどりDPI日本会議議長より、熊本県の優生裁判傍聴の報告が届きました。以下、紹介します。
9月13日第15回期日裁判の内容
2021年9月13日に熊本地裁で第15回目となる旧優生保護法の裁判が行われました。今回の裁判では、ハンセン病の裁判でも有名な大分県の徳田弁護士が意見陳述をされました。
意見陳述では、国側の主張への反論と神戸地裁判決についての2点について述べられました。分かりやすく書き換えているため、意見陳述の原文とは異なる部分が多々ありますのであらかじめご承知おきください。
まず、被告が原告の主張を正しく理解していないことについて、以下のように整理されました。
被告(国)側の主張に対する原告側のまとめ
1. 旧優生保護法で起きた被害と損害について
被告は旧優生保護法の原告の主張を以下のように整理しました。
「国会議員や厚生大臣が優生保護法に対して早く対応していれば、原告への優生手術は実施されず、損害も発生しなかった」
しかし、原告の主張はこれだけでなく、これまでの内容に加えて以下のように主張しています。
「原告の損害は、旧優生保護法によって障害のある人を『不良な存在』」と言われ、そのことによって人間としての尊厳を奪われ、偏見や差別を受けることになったこと」、つまり、被告は旧優生保護法で起きた被害を「優生手術を受けたこと自体を損害」と思っていますが、原告は、それだけが損害と訴えているのではなく、「人間としての尊厳を奪われ、偏見や差別を受けることになったこと」についての損害も訴えているのです。
2.被害を与えているのに被害者を助けなかったことについて
例えば、車と歩行者の交通事故の場合、『車が歩行者にぶつかったこと』が被害を与えた行動になります。そして車の運転をしていた人には『ぶつかった相手を助ける』という義務が発生します。『人に迷惑をかけたら謝る』という感覚と似ていて、『被害を与えたなら被害を受けた相手を助けないといけない』という義務があります。
被告は、旧優生保護法で被害を与えているのに、被害者を助けなかったことについて「被害を与えた行動が法律に違反していれば、被害者を助ける方法は、基本的に被害者の請求と裁判所の判断でお金を支払うことにまとめられる」と述べています。
しかし、原告は「被害を与えた行動が法律違反かどうかは関係なく、被害者を助ける義務は、その被害の回復に必要なことをする義務であって、お金を支払うだけで解決するものではない」と主張しています。
つまり、「偏見や差別を受けることになった被害の回復はお金だけでは解決できない。国は、啓発や謝罪等の対応をする義務があったのに、何もしなかったのはおかしい!」ということを訴えています。
3.厚生(労働)大臣に被害者を助ける義務があるかどうかの根拠について
当時の厚生大臣に被害者を助ける義務があるかどうかの根拠について、被告は「厚生省設置法は、厚生省の目的や役割等の決まりごとを書いているだけなので、厚生省設置法は厚生大臣に被害者を助ける義務があるという根拠にはならない」と反論しています。
それに対して、原告の主張は「厚生大臣の行為は、優生手術の対象になるような障がい者は、社会に存在することが許されない『不良な存在』であると考えさせる優生思想を国民に植付かせた。それは障がい者の人間としての尊厳を傷つけ続けるものであって、個人の尊重について書かれている憲法13条に違反している。厚生大臣に旧優生保護法被害者を助ける義務があることは条理上、当然のこと」と述べられていました。
4.厚生(労働)大臣が何をすべきだったかはっきりしていないという主張について
被告は、「旧優生保護法の被害者を助けるために、厚生大臣が何をすべきだったかがはっきりと分かることではないため、被害者を助ける義務は発生しなかった。」と主張しました。
原告は、「被告は、『何をすべきだったかはっきりと分かることではない』と言っているが、既にハンセン病という前例があり、少しずつではあるが、偏見や差別の解消に向けての取り組みが行われている。そのことを踏まえて、『何をすべきだったかはっきりと分かることではない』と被告が主張するのは許されない」と反論しました。
5.旧優生保護法の被害者を救済するための法律を作らなかったことについて
被告は、二つの判決を根拠に、「旧優生保護法を作ったこと」と「旧優生保護法の被害者を救済するための法律を作らなかったこと」について、国を訴えることは出来ないということを主張しました。
1つ目は昭和60年11月21日に出された判決で
「国会議員が法律を作ることについて、『どう考えても憲法違反』という内容なのに、憲法違反の法律を作ってしまったというような例外的な場合でもないと、国を訴えることはできない」という内容の判決です。
2つ目は平成17年9月14日に出された判決で
「国会議員が、明らかに国民の権利を侵害するような法律を作ったり、国民が困ることが明らかなのに、長い間必要な法律を作らなかったという例外的な場合であれば国を訴えることができる」という内容の判決です。
被告は、この判決から「国会議員が法律を作ることは、例外的な場合でもないと訴えることは出来ない」、「明らかに被害者を救済するための法律を作る必要があったというわけではないので、国を訴えることはできない」と主張しました。
原告は、「今回の件は昭和60年の判決でいう、国会議員が法律を作ることについて、『どう考えても憲法違反』という内容なのに、憲法違反の法律を作ってしまったというような例外的な場合に当たる」と反論しました。
また、8月3日の神戸地裁判決は、旧優生保護法について、「法律を作った目的が、人が考えるとは思えないほど酷く、個人の尊重を一番大切にしている日本国憲法に反することは明らかなのに、被告は、旧優生保護法が作られた目的の根拠や合理性を何も主張・立証していない」と被告の裁判への態度を厳しく批判しており、熊本の訴訟においても同じであることを述べました。
全てではありませんが、おおむね上記のような反論が行われました。
神戸地裁判決の大きな意義
最後に、神戸地裁の判決について、旧優生保護法が憲法違反であることや被害者を救済するための法律を作る必要があったことを認められたことに触れられ、「この訴訟における原告の主張を裁判所が受け入れたということを意味している。しかしながら、一方で神戸地裁の判決は、除斥期間(一定の期間が経過したら訴えることができなくなる制度)を理由に原告の訴えを認めず、厚生(労働)大臣の被害者を助ける義務を『法的義務』よりも軽い『政治的道義的義務』になると判断する等の限界を示しています。これらの点については,改めて批判的に検討したうえで書面を提出いたしますが、これらの限界があっても、この神戸地裁の判決は、本件原告の勝訴に向けての確かな一歩を意味するものと言えると思います」
と述べ、意見陳述が終わりました。
次回の熊本優生裁判期日
次回の裁判は2021年12月13日(月)です。除斥期間が難しい状況ですが、神戸地裁では被害者を救済するための法律を作る必要があったことが認められ、一歩前進しています。引き続き皆様に関心と希望を持っていただければと思います。
報告:植田洋平、平野みどり(ヒューマンネットワーク熊本)
(ヒューマンネットワーク熊本の機関誌より転載)
▽参考:優生保護法による被害者とともに歩む兵庫の会(外部リンク)