エッセイ


エッセイ3
「人権問題論」の授業を通して
杉本章(すぎもと・あきら)
(賢明女子学院短期大学)※
 介護福祉士養成の短大で私が担当している科目の一つに「人権問題論」がある。
 介護福祉士の養成教育カリキュラムはむやみと詰まっていて、学生達は必修科目だけでアップアップの態で、選択科目を履修する学生はきわめて少ない。「人権問題論」もその一つで、2年生対象の後期15コマの授業だが、受講生はわずかに8人である。今年度はその半分ほどを「欠格条項」問題の講義に当てた。
 初めに「欠格条項」問題について簡単に解説した後、「なくす会」が出しているリーフレット『もし?』を全員に配り、それを読んでの感想を宿題として書いてきてもらった。

 学生の大半は、「欠格条項」という言葉そのものはどこかで聞くか読むかしたことはあっても、内容は全く知らないという。中には「私はこの言葉を20年間生きてきて、全く聞かなかった」と書いている学生もいた。
 感想文からは、これまでほとんど考えたこともない問題を投げかけられて戸惑っている様子が伺える。ある学生は、「私はこれを読んで、とても複雑な気持ちになりました。確かに障害者の権利や可能性を奪っていいはずはありません。だれにだって自由に生き生きと生きる権利はあります。しかし、例えば医者という責任ある仕事に障害者がつくのは不安です。少しのミスも許されないからです。しかし、何もしないうちから門前払いをする必要はないと思う。障害者の人だって出来る人はいるだろうし、普通の人だってミスをすることはあるだろう。『もし?』にも書いてあった通り、テストをしてどうしてもダメだったらやめればいい」と矛盾したことを書いている。
 またある学生は「差別や偏見の目で見てはいけないと心の中ではわかっているが、私の中ではどうしても精神障害者だけは今だにそのような目で見てしまっている」と述べ、その理由はマスコミで精神障害者が関わったと見られる"通り魔"事件が報道されると「ああ、やっぱりな」と思ってしまうからだと正直に言う。その上で「まずはこのような考えの壁を乗り越えなければならないと思った」と、自分自身の心の内を問い直そうとしている。
 さらにある学生は「私は介護福祉士になろうと思い、今この学校に通っていて、誰にも『ダメ』と止められてはいない。介護福祉士というのは欠格条項には入っていないようだが、人間やりたいことができないというのは悲しいし悔しい。『障害者だから』という理由であればもっとそれはつらい」と我が身に置き換えて、その不当性を衝いている。
 講義ではこの後、今年8月の障害者施策推進本部「障害者に係る欠格条項の見直しについて」と、『なくす会ニュースレター』掲載の各省庁との交渉経過の報告記事を照らし合わせながら、所轄省庁の担当者の答弁を吟味し、さらに国会図書館職員の田中邦夫氏が雑誌『レファレンス』に連載されている論文をもとに公職選挙法、司法手続き、道路交通法・自動車免許、著作権等の問題について、具体的な事例を交えながら解説していった。
 どこまで学生達の認識を深められたかは、期末レポートの課題の一つとして400字詰め原稿用紙10枚余りに各自の考察を加えてまとめることとしているので、それで確認するしかないが、私としては、来春には施設・病院・在宅介護の現場に入る学生達が要介護の高齢者・障害者にケアスタッフとしてかかわる際に、この学習がどこかで役に立ってほしいと願っている。
 「欠格条項」問題は、職業や資格取得、施設利用に関する「欠格」に止まらず、障害者の社会生活のあらゆる場面に広がりをもっている人権問題の根っこと思うからだ。

-------
初出 「障害者欠格条項をなくす会ニュースレター」4号 1999年12月発行
※ 杉本章さんは、執筆当時は「順正短期大学」に勤務されていた。
                               2000年4月以降、現職。


戻る