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特定非営利活動法人(認定NPO法人)DPI(障害者インターナショナル)日本会議

Japan National Assembly of Disabled Peoples' International

A Voice Of Our Own(我ら自身の声)

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DPIとは

DPIについて

DPI-世界規模のネットワーク、DPI-

DPIとはDisabled Peoples' Internationalの略であり、日本語では「障害者インターナショナル」といいます。1981年の国際障害者年を機に、身体、知的、精神、難病など、障害の種別を超えて自らの声をもって活動する障害当事者団体として設立されました。

1981年の国際障害者年、「完全参加と平等」というスローガンが大きく掲げられたこの年に、DPIはシンガポールで誕生しました。日本からも多くの障害者がシンガポールに駆けつけ、1986年のDPI日本会議発足の原動力となりました。

世界本部はカナダのオタワにあります。現在加盟団体は世界130カ国以上にあります。DPIは国連のECOSOC(経済社会理事会)やWHO(世界保健機構)、ILO(国際労働機構)といった組織に対して、諮問資格を持つ障害当事者による国際NGO(非政府組織)として、多くの活動を行ってきました。特にECOSOCでは、特別諮問資格をもち、障害者権利条約の交渉にも参加してきました。

DPIが誕生して30年になります。専門家、家族といった周囲の人々に守られるだけの存在ではなく、自分たち自身の意思・決定に基づいて生きていく、それがDPIの目指すものです。

なぜDPIなのか?-「われら自身の声」-

長い間障害者は、自分を取り巻く環境の劣悪さのために、社会で生きていくことが難しい状況に置かれてきました。いまだに後を絶たない差別や隔離、そして本人を無視した一方的な保護……。そうした生き方のおかしさを指摘し、自らの声を発していくところからDPI(障害者インターナショナル)はスタートしました。

DPIの特徴

DPIの世界共通の合い言葉は、「われら自身の声」です。そして、それまでの障害者をとりまく問題を扱っていた団体とは異なる、次のような特徴を持っています。

  • 障害者本人(当事者)の集まりです
  • 障害の種別(精神障害・知的障害・身体障害など)を越えた集まりです
  • 人権の問題として、また社会の問題として障害者問題に取り組んでいます

DPIは今、約130の国々で作られています。DPI日本会議もその一つです。

DPI世界規約には、「障害当事者が意志決定の過半数を占める全国的な組織」がDPIになれると書かれています。DPI日本会議もそれにならって、障害者自身が意志決定の過半数を占めている団体だけを正会員(加盟団体)として認めています。

それは、なぜなのでしょう? 障害者の周りには多くの人たちがいます。「親・家族」の願いや思いといったものも社会の中で大事にされるべきでしょう。「専門家」と言われる人たちの意見にも貴重なものも多くあるでしょう。

しかし、障害者が何か意見を言うと、「障害者のくせにわがままだ」と思われることが多いのも事実です。自分の思いと違うのに、周りの人たちが「先生」や「親」の意見の方を正しいと受けとめてしまうことだって、珍しくありません。「障害者だから仕方ない」と自分自身をあきらめている人だって、悲しいけれどいっぱいいます。

でも、「障害者」として生きていくのは誰ですか? 「親」ですか? 「きょうだい」ですか? 「○○先生」ですか?あなた自身ですよね。DPIが、「障害当事者」ということにこだわるのは、「自分のことは自分で決めたい」という当然の思いです。DPI日本会議の機関誌のタイトルとしても使われていますが、「Voice of our own=われら自身の声」こそが、私たちの周りにある問題を解決する第一歩です。

「○○障害」というラベルを越えて

DPIは、「クロス・ディスアビリティ」な組織です。

「クロス」は、「交差する」、「ディスアビリティ」は「障害」という意味です。「障害が交差する」とは、いったい何でしょうか? DPIは、「身体障害」「知的障害」「精神障害」などという枠を取り払った活動を進めていくことを掲げています。

ここでいう「障害」とは、お医者さんが診断する「障害」とは違ってきます。DPIは、規約の前文で「障害は、長い間、個人の問題とみなされ、個人とそれを取り巻く環境との関係としてとらえられていなかった」と述べています。

「クロス・ディスアビリティ」とは、単に「身体、知的、精神の3障害を統合する」ということではありません。「クロス・ディスアビリティ」の問題意識は、障害を社会との問題としてとらえることにあるのです。

DPIの目的-DPIの信じるもの-

すべての障害者の機会均等と障害者組織の発展と支援による権利の獲得

機会均等とは物理的障壁、住宅・交通、社会的援助・保健サービス、教育や労働の機会、スポーツやレクリエーションの施設を含めた文化・社会生活といった社会の全体的機構をすべての人が利用できるようにしていくプロセスを意味します(「DPIマニフェスト」より抜粋)。これは社会中でいかなる障壁も感じないで生きていくことだと私たちは信じています。

「恩恵」より「権利」、「保護」より「自立」

DPIの規約前文では、「社会のすべての体系が障害のある人に開放されなければならない」とあります。「障害者福祉」という言葉があるように、障害者の問題は常に恩恵的な「福祉」の視点から語られてきました。

確かに福祉も社会を作っていく上で大事な要素です。しかし、障害者への福祉は時として一方的な保護を招いてきました。施設に隔離され、ひどい生活を強いられても、「福祉」という名前が付くだけで社会が認めてきてしまった歴史があります。

地域に生活しても、たとえば「車いす専用エレベーター」のように、障害者を取り巻く多くの社会資源が「福祉サービス」として提供されています。そして「福祉には金がかかりすぎる」と言われ続けています。こうした社会では、「障害者の意志」「障害者の権利」といったものは全く尊重されていません。

人の一生は福祉だけでは作られない、自らの権利を獲得しなくてはいけない、という当たり前のことを自らの声として主張してきたのがDPIという組織です。こうした声を受けて、国連では1993年に「障害者の機会均等化に関する基準規則」(外部リンク)を策定しました。ここでは、「福祉分野」としてではなくて、権利の問題として障害者問題全般を取り上げています。たとえば、アクセシビリティ、教育、家庭生活、就労などの分野が含まれています。

DPI組織図

DPI組織図

DPI日本会議-日本国内の草の根活動!-

「DPIって国際組織だから、自分たちとはあまり関係ないんだ」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、これまで述べてきたDPIの考え方は、世界だけではなく、国レベルでも地方レベルでも必要なものです。

1981年にシンガポールで開催された第1回DPI世界会議は、障害を持つ自分たちにも社会を変える力と、その役割があることを気づかせてくれました。

この会議に参加した障害者リーダーを中心として1986年にDPI日本会議が正式に発足し、障害者の自立と権利の確立に向けて活動を続けてきました。2013年7月現在、身体障害、知的障害、精神障害、難病等の障害種別を超えた全国89の団体が加盟しています。

いずれの団体も障害者自身が運営の中心となり、地域の中で当たり前に暮らせるノーマライゼーション社会の実現に向けて活動を進めています。

DPI日本会議のあゆみ

  • 1981年:シンガポールにてDPI誕生
  • 1985年:精神病院「宇都宮病院」でのリンチ死事件(84年)に際し、DPI世界メンバーが日本の精神病院の人権状況の調査
  • 1986年:準備会組織を経て、DPI日本会議正式発足
  • 1988年:「誰もが使える交通機関を求める全国行動」スタート
  • 1994年:「障害者政策研究全国集会」を他の障害者組織と共に実施
  • 1995から2000年:アジア太平洋障害者組織所得創出プログラムの実施(4カ国6か所)
  • 2002年:第6回DPI世界会議札幌大会(110カ国・地域から3,100名の参加)
  • 2002から2006年:国連「障害者の権利条約」特別委員会への代表派遣
  • 2003から2006年:JICA研修「南部アフリカ障害者の地位向上コース」の実施(10カ国)
  • 2003年から:アジア障害者支援プロジェクトの実施
  • 2004年から:日本障害フォーラム(JDF)を他の障害者組織と共に設立
  • 2006年から:自立支援法の抜本的な見直しを求める全国大行動の実施
  • 2008年から2013年:ブラジルにて、ろう者組織強化を通した非識字層障害者へのHIV/AIDS教育プロジェクトを実施
  • 2010から2012年:内閣府障がい者制度改革推進会議、障害者政策委員会への参加
  • 2011年から:東北関東大震災障害者救援本部を関係団体と共に設置