障害のある人もない人も同じように暮らせる社会へ

教育合宿参加のみなさんから感想をいただきました!

2018年03月26日 インクルーシブ教育

2018年2月22日(木)~23日(金)、昨年に続き、若手当事者を対象とした教育合宿を、戸山サンライズで開催しました。

インクルーシブ教育を求めた障害者による運動の経過や、外部講師による講義、参加者でのグループディスカッションなど、聞くだけでなく、自ら考え、それぞれの想いを語ってもらう時間も設けて行いました。

夜は、もちろん「交流会」です。お酒も少し入り、夜中まで参加者・DPI教育部会メンバーで語り合いました。
参加者のみなさんから、教育合宿に参加した感想が届きましたので掲載します。このような合宿は、今後も引き続き行っていきたいと思います!

以下、参加者からの感想です。(※参加者からの感想をそのまま掲載しています。順不同)


昨年に引き続きDPI日本会議主催のインクルーシブ教育合宿に参加させていただきました。
昨年以来の仲間と新たに加わった仲間と共に、インクルーシブな教育は何か語り合うことができました。
今回もっとも印象に残っている議論は、特別支援学校の位置づけです。
地域の普通学校で共に学びたいという思いがある一方で、特別支援学校も完全に否定されるのも違うというような意見、特別支援学校はやはり障害者の逃げ場じゃないという意見、それぞれに強い思いを持った議論がありました。
これはどの意見も本気で障害児の教育に自分の事として向き合うが故の熱い議論であったと思います。
合宿の中で養護学校義務化に反対した記録の「養護学校はあかんねん」を観ました。当時とは特別支援学校に対する当事者の思いも多様化し、特別支援学校も変わらざるを得ない状況になっているのを合宿を通して感じました。
さまざまな意見の違いはありますが、障害の有無に関わらず教育を受け、学び、友人を作り、役割を与えられ、自分に自信を持てるような教育はみなが目指していることを感じました。
今後インクルーシブ教育を目指すためには、意見や立場の違いを超えて対話するインクルーシブな協力が必要になると思います。

このような議論があったことは、インクルーシブ教育と呼んでいる教育がどのような教育で、何を大事にしているのかにそれぞれが向き合い、お互いに受け入れて話を発展させる上で重要なことと思います。
まずは当事者の若い仲間たちと繋がり、そのような流れを生み出していければと思います。
最後になりましたが、今年も企画いただいた関係者の皆様に御礼申し上げます。

(日本盲人会連合青年協議会 福地健太郎)


「どうしよう!!遅刻する!!」私の教育合宿は夕食に出掛けたことによる4分の遅刻からスタートしました。大変申し訳ございません。近所の韓国料理屋さんの食事がとてもおいしかったために、時間を忘れておりました。
教育合宿に参加していた人は、普通学校にずっと通っていた方、支援学校に通っていた方、在学中に障害者になった方と、それぞれ異なった経緯のある方々でした。合宿のなかでは、1日目、2日目に初参加の方による自分史発表があり、参加者それぞれの学校時代のお話を聞きました。一人ひとりの経験にそれぞれ特徴があり、自身の学校経験によって、インクルーシブ教育への考え方も様々でした。
私自身は、同じ教室で友達と一緒に学び、育つことができました。なかでも私にとって大切な思い出になったことは学校の授業よりも、学校の中で出来た友達との学校外での出来事でした。一緒に作った秘密基地も、一緒に観た映画も、一緒に雨でずぶぬれになったことも、失敗して友達を傷つけてしまった経験や、逆に傷つけられた経験も、地域の友達と作った思い出の全てが今の私の一部になっています。私は私自身の経験から一緒の教室で同じ仲間として共に学ぶことの大切さを強く感じています。それは障害種別に関係なく、必要な配慮を受けて全ての子どもに保障されるべきだと考えています(もちろん休憩スペースとして個室が必要な人にはそのような配慮も必要です)。
同じ参加者の皆さんから聞いたお話しは、学校でいじめられた話や、親から見捨てられないように必死に勉強を頑張った話、特別支援学校で必要な配慮を受けられたおかげで勉強が楽しかった話、障害者になってからも友達の弟が自然と関わってきた話など、本当に様々でした。話を聞くたびに、「あぁ……あったなぁ」と思うこともあり、それは他の参加者も同じだったと思います。
2日目のプログラムの中では一木玲子先生によるインクルーシブ教育についてのお話をしていただき、他国のインクルーシブ教育の状況や、日本の現在の問題点についてお話しを聞きました。写真の中で当たり前に一緒に授業を受けている様子を見て、他国で出来ているインクルーシブ教育が日本でも出来るようにしていきたいと強く感じました。
最後に簡単なまとめと意見交換のような場が設けられ、参加者の中には、一緒の教室で学べるべきだという人と、特別支援学校も悪いものではないという人もいたりと、色々な考え方に触れることができました。
私は合宿に参加して、皆さんの自分史や、一木先生のお話しを聞いた結果、やはり同じ教室で当たり前の仲間として学ぶことが重要なのではないかと感じました。「学校教育の障害への考え方」「障害の有無の関係なく全ての生徒への支援体制の構築」「教育予算」等、考えると気が遠くなるような問題が山積みです。その一つ一つを解決しながら完全なインクルーシブ教育を実現出来るようにしていきたいです。

(ヒューマンネットワーク熊本 植田洋平)


今回の合宿で、参加者の皆さんの教育についての経験を聞くことで、「こんな思いをしていたのは私だけではなかった」と共感する部分や、「こんな考え方もあるんだな」と勉強になる部分など、たくさんのことを吸収することができました。今回、私は初めて多くの障害当事者がいる前で、自分の中学時代の経験を話しました。今までほとんど話したことがない経験だったので、合宿中に中学時代の経験を話そうと決めてから、「こんなこと話していいのかな」という不安でいっぱいだったのですが、実際に話してみると、みなさん、真剣に聞いてくれ、当時の自分の辛かった気持ちに共感してくれたので、話してよかったなと思いました。また、一木先生の講義の中で、中学時代の私と同じような経験をした障害児が去年もいたことを知りました。今まで、中学時代の経験は忘れてしまおうと何回も思ったのですが、今、現実に私と同じような経験をしている障害児がいるかもしれないということを改めて実感して、その経験をただ自分のものとして忘れようとするのではなく、今、普通学校に通っている障害児の先輩として、もう二度と自分と同じ経験をする障害児を出さない教育を作るために、自分に何ができるのかを模索し続ける責任が私にはあるのではないかと感じています。そのためにはまず、改めて自分の中学時代と向き合い、あの時、自分の周りで何が起こっていたのか、どうすれば問題が解決できたのかを、客観的に分析する必要があると感じ、合宿終了後、私の中学時代を知っている人たちに連絡を取り始めたところです。もちろん、その過程で、苦しいこともたくさんあると思いますが、私が自分の経験を見つめ直し、それを色々な人に語っていくことで、少しでも自分のような経験をする障害児が減ることを信じて、これから進んでいきたいと思います。
また、今回の合宿中、偶然にも高校時代の同級生と再会し、高校時代のことについて話し合う機会を持てたことで、高校時代を客観的に振り返ることができ、「そう感じていたのは私だけではなかったんだな」という発見や、自分が忘れていた楽しい思い出を思い出すことができ、とても貴重な経験をさせていただいたと思います。
これから私が教育問題について取り組んでいくためには、自分の過去と向き合う必要もあり、苦しくなることもたくさんあると思いますが、今回出会えた、同じ問題意識を持っている仲間とのつながりを大切にしながら、自分のできることを一つ一つやっていきたいと思っています。
二日間、ありがとうございました。そして、これからも、教育運動を進めていく仲間として、末永くよろしくお願いします。

(つくば自立生活センターほにゃら 川端 舞)


2月22日から2月23日にかけて教育合宿に参加させていただきました。
私個人は2回目の参加で、改めて養護学校義務化闘争についてや、イタリアで実践されている、誰ひとりとして分けない学校づくりについて学び、考える機会となりました。
地域に生まれ育ったのだから、地域の学校に行きたいという思いはごく自然なものであるということを再認識し、インクルーシブ教育が浸透している国や地域では、みんな一緒に学ぶことは特別なことでなく、むしろあたりまえのこととして、障害の有無にかかわらず、人々に根付いているのだと感じました。私たちにできることの1つは、インクルーシブな教育の場や、環境を望むことは特別な要求ではないという考え方を広めていくことだと思います。
また、全国各地から集まった参加者同士で語るなかで、今回はとりわけ「いじめ」についての話題が多く挙がりました。私は、学校というコミュニティーでのいじめは排除の発端であると考えています。
インクルーシブ教育について考える中で、いじめや差別をなくすという大きな課題があるという事実を受け止め、それに向き合うこと。障害の有無にかかわらず、すべての学習者が互いに認め合い、高めあえる学びの場を目指すことが分けない教育への近道ではないかと気づかされました。この気づきは、今後私が教育、学校に向き合っていく中で核になるだろうと思います。
2日間を共にした参加者の皆様、ならびに前回に引き続き、教育合宿を主催してくださったDPI教育部会の皆様、ありがとうございました。

(全国障害学生支援センター 川合千那未)


私は今回初めて教育合宿に参加をしたのですが、他の参加者は自分よりも若い方が多く、どういった経験をされてきたかとても興味深かったです。ベースとしては、2日間共に参加者各自の学校での体験を語る時間が取られていました。
参加者の中には、小・中・高と普通校に通った人、中学校や高校の途中から養護学校に通った人などがいて、みんなそれぞれに様々な体験をしていました。普段はなかなか聞くことのできない内容を合宿だからこそ聞くことができたと思います。
私自身はといえば、小学校まで普通校で中学校の途中から高校まで養護学校に通って、その後、大学に行きました。普通校と養護学校両方に通う中で、今思えば、普通校に通っている時は周りに同じ障害のある友達がいなかったことや特定の授業での親の付き添い等から「孤独感」を養護学校に通っている時は環境の変化などから「孤立感」を強く感じていたことに、合宿での語りを通して改めて気づきました。
合宿では他に、日本の教育制度の歴史・沿線やについて学んだり、運動の実例として、養護学校義務化闘争当時の記録映画『養護学校あかんねん』を観ました。歴史沿線や義務化闘争の様子を目の当たりにすることで、長年に渡る書先輩方の運動があって今があるということを強く実感しました。
加えて、教育現場でフルインクルージョンを実現しているイタリアの取り組みについても学ぶことができ、どのような過程を経てフルインクルージョンを果たしたのかさらに詳しく知りたいと思いました。
最後になりましたが、今回の合宿で私が一番印象深いのは、運営スタッフとして参加していたDPI教育部会のメンバーの矢賀さんが養護学校に通うことを自ら選ぶ人が増えていることに対して言放った「養護学校は逃げ場じゃない!!」という言葉です。そう言われた瞬間に私はドキッと心臓が止まりそうになりました。いろいろあって普通校と養護学校の両方に通っていた私にとって、学生当時、養護学校を「逃げ場」として認識していた部分が自分自身にあったかもしれないと感じたからです。
矢賀さんの言葉をきっかけに合宿終了後も自問自答は続いていますが、今後は養護学校に通ったことを後悔し続けるのではなく、これから学校に通う人や現在、学校に通っている人が、私が学生当時に感じていた「孤立」や「孤独」を生まないインクルーシブ教育の実現に向けて自分のできることを模索しながら行動していきたいです。

(日本自立生活センター 下林慶史)


私は初めてインクルーシブ教育合宿に参加しました。

制度は先輩の当事者の皆さんが20年以上かけて作り上げて来てくれたおかげで今、私たちは当たり前に地域の中でサービスを使いながら生活できてきていますが、教育はどうなんだろうと疑問に思います。

今の教育は「インクルーシブ教育、個々のニーズに合わせた特別支援教育をやっていますよ」と国は言っていますが、実際は障がいのある子供は、就学前から“特別支援学校への進学を勧めます”や地域の学校を希望していても“うちはバリアフリーではないので受け入れは厳しい、障害児は受け入れたことがないので難しい”など断られ結局、特別支援学校へ行かざるを得なくなってしまいます。もし、地域の学校に入学できたとしても周りから酷い差別を受けてしまったり…また私は自ら特別支援学校を希望して入学したのですが、確かに個々に合わせた教育は受けられます。でも「みんな同じ場所で学べるインクルーシブ」ではありませんでした。同級生の友達なのに学力でクラスが分けられてしまう『分離教育』だったのです。障がい者同士ですら、分離が起こっていることに正直ショックを受けました。

なので、私は学生の頃から“それぞれに合わせた教育は必要だけど分離するのはなぜ?、ニーズは違っても分けずにみんな同じ場所で学べばいいのに”とずっと思っています。

私たち障がい者が地域の中で当たり前に生活できるように20年以上かけて先輩たちが制度を作ってきたように、これからは私たち世代が教育を変えて行かないといけないと思うので、自分にできることから一つひとつ積み重ねていきたいです。

今回、合宿に参加できて本当に良かったです。また、来年も参加できたら嬉しいです。

(沖縄県自立生活センター・イルカ 仲地由衣)


今回、2回目の合宿参加となりました。
初めて参加された方のお話を聞いて、それぞれ一人一人の経験があるのだなと思いました。残念ながら、今の日本の教育は学力主義のため、どうしても勉強や運動のできる人が偉いというように刷り込まれてしまっています。しかし、本来は友達と遊んだり、大人の目を盗んで少しいたずらをしたりしながら様々な事を学んでいくのではないのでしょうか。
できない人がいればそれをサポートする、助け合うという考え方がインクルーシブに繋がるのではないかと思いました。インクルーシブ教育の特徴は、子供たちの関係の中で共に学びながら成長していくことです。友人関係や社会的な学びは、本人が考えて、経験することで理解し、成長するのだと思います。
大人の役割は、その環境を整え、黒子のように見守りながら、本人が悩んだ時にはサポートすることだとわたしは考えます。
今回の合宿で、この事に気づけました。なぜインクルーシブ教育が広まらないのかについての課題は、人々の意識にあると考えます。誤ったインクルーシブ教育の考え方は、私たちが違うと言い続け、私たちの考え方をしっかりと伝えることが大切だと改めて感じました。

(大学生 堀 楓香)


今回の合宿は多くを学び、様々な考えや思いに触れることができたとても有意義な2日間でした。まず私は1979年の養護学校義務化を知りませんでした。こんなに重要なことを知らなかった自分の知識の乏しさを痛感するとともに、養護学校義務化という事実があったことに非常に衝撃を受けました。「養護学校はあかんねん」では当時激しく行われた養護学校義務化反対運動を映像で見ることが出来ました。座り込みや野宿などその懸命な姿や若い人たちが多く運動に参加していたことが印象的でした。
「自分史を語る」では参加者のみなさんと生い立ちを共有しました。参加者のみなさんの特別支援学校での経験や当時の思い、また普通学級で健常児と一緒に育った経験など聞くことができてよかったです。私は中学3年のときに怪我をして障害を負いました。特別支援学校に通った経験はありません。そんな私にも私しかしてない経験があります。その経験を生かして活動していきたいと思いました。
そして今年度の4月から小学校で使われる道徳の教科書についての話がとても印象に残っています。一つは足を怪我して車椅子になった主人公が階段を駅員さんに上げてもらって感謝をするという話。もう一つは信号が変わったことに気づかない視覚障害者に小学生が声をかけてあげるという話。一木先生が紹介した2つの話はいずれも、「障害者はかわいそうだから助けてあげましょう。」といった医学モデルの考え方で作られていました。一つ目はエレベーターがあれば済む話で、二つ目は音が出る信号機なら起きないことです。教育という障害者差別をなくしていくために最も重要な場で、「医学モデル」の考えで子供たちに障害を教えられてしまうということに驚きと怖いという気持ちになりました。

(CILいろは 八木郷太)


今回初めて教育合宿に参加させて頂きました。自分が今回の教育合宿で感じたことは、参加者の学校体験の話でした。参加者一人一人の話を聞くことで、いいことも悪いこともあったと言う事でした。それを聞きながら自分は高校が特別支援学校だったので、もし自分が普通高校に行ったらどうだったのなのかっと考える機会になりました。
自分がインクルーシブ教育運動を始めたのは2015年の初夏の頃でした。とある集会で「特別支援学校を勧めるのは差別である」という言う事を聞き、自分が持ったきっかけでした。その頃の自分は「特別支援学校が差別ではない」という思いがありましたので、そこから勉強をし始めました。その勉強の中で「インクルーシブ教育」を知り、現状文科省が推進する「インクルーシブ教育システム」との矛盾点を学んできました。その中で「特別支援学校が差別である」ことを認識することは出来ましたが、自分の中では「特別支援学校を廃止」には物凄く抵抗があります。
プログラムの中で一木さんの講義の中でイタリアの学校の様子を見せていただきました。その学校は1学級が少人数で複数の担任の先生いて、知的障害の児童がいても教室を別けず一緒の教室で学んでいました。自分はその光景を見て日本の学校も少人数制で複数の担任制にしたら、障害児の担当でなく学校全体で障害有無にかかわらず、児童一人ひとりに寄り添って見守ることが重要だと思いました。
今、障害者権利条約を批准して4年が経ちました。インクルーシブ教育を考えた時「特別支援学校は廃止」という声が聞こえますが、自分は異なる考えを持っています。「特別支援学校を廃止」ではなく、まず地域の学校をインクルージョンにし障害の有無かかわらず全ての児童が行きやすく、心地よい学校づくりが必要だと思います。自分は児童にとって行きやすい学校を考えていきたいと思います。この考え方がインクルーシブ教育への第一歩であり、地域の学校に魅力があれば特別支援学校は減少していくと思います。

(自立生活企画 雪 琢馬)


昨年に引き続き、今年も教育部会主催の教育合宿に参加しました。
今回の合宿においても、学校生活をはじめとして、これまでの生い立ちを含めた様々な経験が語られ、参加者一人ひとりの経験に自らの経験を重ね合わせながら、障害のある自分たちは、その時何を感じ、どんなところで葛藤を覚えたのかといったリアルな思いを聞くことができました。障害のある同年代の当事者同士が教育について思いを語り、これからのインクルーシブ教育について意見を伝え合う場に自分自身も加わりながら意見を述べる中で、ふと「この光景は、今まであるようでなかった」と感じました。教師や保護者からではなく、自分はあの時、どう思ってきたのかを伝え合う場は私の日常生活の中ではそれほど多くはないように感じました。それは、僕だけでなく、多くの障害者の人たちに共通するものかもしれません。
学校卒業後の地域生活をめぐる様々な障害や問題に直面し、その最前線で活動すればするほど、過ぎ去った学校生活や教育をめぐる様々な課題は、優先度が低くなってしまっているようにも思います。
しかし、みんなが通う地域の学校において、障害者とそうでない人が分けられ、異なる学校や学級で学ぶ光景になんら違和感を覚えることなく過ごす、過ごせてしまう学校の状態があるなかで、障害のある人もない人も同じように暮らせるインクルーシブな社会の実現はあり得ないと私は思います。そう考えると、学校生活で私たちが経験してきたことや体験してきたこと、本当はこうしたかったという思いなどを改めて言葉にし、伝え合っていく障害当事者発のインクルーシブ教育の発信が、社会の縮図と言われる学校の文化や隠れたカリキュラムといったものを問い直すチカラとなり、真の意味での多様性が尊重される場所になるのではないかと思います。
一人の友だちの感覚で遊ぶ。必要な時には手伝うという自然すぎる関係性を築いてきた方のお話もあれば、特別支援学校で、奪われてきた自尊心などを取り戻すことができたというお話までお聞きするなかで、学校生活での経験や体験は、学校卒業後の自分自身の考え方や暮らし方、生き方に大きな影響を及ぼしていると感じました。それと同時に、障害のある子どもがあるがままの自分を認め、エンパワメントできる環境が、地域の学校にこそ必要であり、自分自身の自尊心を削いでいく状況が地域の学校にあるとすれば、それは地域の学校のあり様こそ問われなければならないのだと思います。そのことに障害当事者が気づき、自分自身の能力主義や適応主義、優生思想を問い直し、学校のあり様をも問いかけ直していけるチカラをつけて、社会をかえる主体として、行動していきたいと改めて思いました。
教育合宿を企画・運営していただいた教育部会のみなさま、ありがとうございました。

(ピアサポートみえ 杉田 宏)

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